なぜ大都市の地下に空間が生まれたのか

こうした都市の規制はどこでも見られるのでそれほど意外でもなかった。意外性で言えば、パリに地下空間があることの方かもしれない。

では、そもそも、なぜ大都市の地下に空間が生まれたのかというと、ルーツはローマ時代までさかのぼる。

(写真:丸山ゴンザレス)

パリの地下からは石材が採掘できたのだ。象徴的な石造りの街並みは、地下から切り出した石材で生み出されたものだ。セーヌ川を境目にして右岸と左岸のそれぞれに採石場があった。

都市の拡大に合わせて、大量に採石されたため15世紀頃には地上で陥没事故が起きるようになった。

これ以上の無計画な採石は都市の存続に関わるとなり、1776年に王立機関「採石場検査院(Inspection generale des carrieres <IGC>)」が設立された。ここから地下を段階的に補強していくようになった。

この補強の際に生み出されたのがゴールのない無限回廊のようなパリの地下「迷宮」というわけなのだ。

総延長300kmを超えるという。また、パリの地下には墓地としての側面もある。地上にあった墓地だけでは、人口の急増に追い付かなくなった。そこで地下空間に遺骨を移動することになったのだ。

今ではカタコンベ(地下墓地)としてパリ観光スポットとして一部が公開されている。