「俺は捨てないよ」と

目的の場所に到着して、ほっとするとタバコが吸いたくなってきた。ここまで若き案内人たちに食らいついてきたことで休憩らしい時間はなかった。いくら広大だとはいえ密閉空間で喫煙するのは憚られた。

(写真:丸山ゴンザレス)

ポケットからタバコを取り出して若者たちに「吸っていいか?」と伝える。顔が曇った。

やはり密閉空間ではまずかったかと思ってポケットに戻そうとすると、「地下ではどこからガスが出ているかわからないから気をつけて」と予想外の注意がきた。

これまでとは違った驚きがあったが、「みんなを危険に巻き込んでまで吸うことはないよ」と伝えると、若者の片方が地面を見ながら何かを探している。目的のものが見つかると指差して言った。

「この辺なら誰かが吸ってるみたいだから大丈夫だよ」

吸い殻が落ちていた。俺は先人の喫煙者に対して微妙な気持ちになった。そして、自前の携帯灰皿を取り出しながら「俺は捨てないよ」と彼らに言った。暗がりでわからなかったが、うっすらと笑ってくれたような、そんな気がした。

地面に置かれた、いや、元からそこにあったのかもしれない岩の上に腰をかけた。ゆっくりとゆっくりと息を吸ってから口をペットボトルの水で湿らせた、それからタバコに火をつけてみる。

誰もいない暗い空間に流れていく煙の向こう側に会ったこともない連中のことを考える。

地下に魅せられるのは俺だけじゃない。そのことが安心と充足感を俺に与えてくれた。

※本稿は、『タバコの煙、旅の記憶』(産業編集センター)の一部を再編集したものです。


タバコの煙、旅の記憶』(著:丸山ゴンザレス/産業編集センター)

危険地帯ジャーナリストであり裏社会に迫るYouTuberとしても大活躍中の丸山ゴンザレスが、旅先の路地や取材の合間にくゆらせたタバコの煙のあった風景と、その煙にまとわりついた記憶のかけらを手繰り寄せた異色の旅エッセイ15編。海外の空港に到着して一発目のタバコ、スラム街で買ったご当地銘柄、麻薬の売人宅での一服、追い詰められた夜に見つめた小さな火とただよう紫煙……。煙の向こうに垣間見たのは世界のヤバい現実と異国の人々のナマの姿だった。ウェブ連載を加筆修正し書き下ろしを加えた待望の一冊。