画文集のカバーは、この丸が印象的だ。100歳を超えた篠田さんが、はじめて描くようになったのが丸。「アトリエでどの作品を購入しようかと眺めていたら、制作中の桃紅先生が丸を描き始めて。どんな作品になるかもわからなかったのに、私はとっさに『先生、この作品にします』と言っていました」(松木さん)(写真提供◎松木さん)

努力で成るものは、たかが知れている

どういう人と出会うか、どういうものに出会うかは、自分が生きたい方向をどれくらいまっすぐに見ているかによって決まると思います。先生とは36年に及ぶ交流でした。15歳のときから憧れ続けた先生が「生き方の師」として導いてくださり、先生のあとを揺るがずついていったことで、私の人生は豊かになりました。

「人が敷いた道をゆっくり歩いていけばいいというような人生は、自分の性格には合わないから、手探りでも一人でこの道を生きていくしかない」と、芸術の道をまっすぐ歩まれた先生と違い、私はとおり一遍のことをして生きてきました。努力すれば願いが叶い、人にも評価されると考え、「努力が大切である」と高校で教え子たちに説いてきたのです。

ところが先生に「努力」についてうかがうと、じっと私の顔を見つめられて、「努力で成るものは、たかが知れてますわよ」とおっしゃった。のけぞりました(笑)。私は自分の指針を少しずつ修正しながら生きるようになりました。

こうした先生の言葉を、私は日記に細かに記してきました。先生とはお手紙のやり取りをたくさんしましたし、電話もしました。電話で先生は2時間くらいお話しになります。

私でさえ受話器を持つ手が疲れ、なにかにもたれかかったりしているのに、お手伝いの方に聞きましたら、先生は電話機の前に椅子を置き、背筋を伸ばして話をなさるそうです。

 

一首ごとに古い版木から柄を選び、同一の色がないようこだわった色で染め、書をなした『小倉百人一首』は、2000年に松木さんに託された。まさに伝統を踏まえたモダニズムが生きた大作で、お正月時期の館の目玉作品となっている。右は紫式部、中は喜撰法師の歌(写真提供◎松木さん)