「演奏会の次の日は、いつもぺちゃんこになってしまう。体にカビが生えたかと思うくらい疲れてね。」

個性的なファッションで猫をこよなく愛し、「魂のピアニスト」と呼ばれたフジコ・ヘミングさん(本名=ゲオルギー・ヘミング・イングリット・フジコ)が4月21日、死去していたことが5月2日、フジコ・ヘミング在団から発表された。92歳だった。アルバム「奇蹟(きせき)のカンパネラ」がクラシック界では異例のヒット、多くのファンを魅了したフジコさん。ご冥福を祈りつつ『婦人公論』2021年1月26日号のインタビューを再配信します。

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世界で活躍するピアニスト、フジコ・ヘミングさん。年齢を重ねた今も、毎日3時間はピアノに向かうというその原動力はどこからくるのか。保護猫たちと暮らす自宅でグランドピアノを前にして語る(構成=玉居子泰子 撮影=木村直軌)

可哀想な生き物を助けるために

ちょうど1年前、2020年の1月はアメリカのサンタモニカにいました。そうしてしばらくしたら新型コロナウイルスが流行し始めてね。アメリカ人は誰もマスクなんてしてなくて、「今、日本に帰ったら大変なことになる。このままここにいなさい」って言っていたけど、言うことを聞かなくてよかったわ。3月23日に日本に戻って、その数日後にはアメリカからの入国が制限された。ラッキーだったわよね。

その後、世界中の演奏会の予定が延期になってしまった。フランスやドイツでのコンサートもいつ再開できるのか。でも、いいこともあった。久しぶりに日本に長く滞在できたし、時間が取れたから10年以上前に頼まれていた絵本の挿絵を、ようやく描き終えることができたの。出版社の人たちもとても喜んでくれて。これまでが忙しすぎたのね。

それに、日本では全国でずいぶん演奏会が開けたからありがたかった。地方公演は席を一つずつあけていたけれど、東京公演は満席になって。嬉しかったです。でも演奏会の次の日は、いつもぺちゃんこになってしまう。体にカビが生えたかと思うくらい疲れてね。だから一日は休んで、次の日からまた練習。やれるうちにやっておいたほうがいいと思うから。

だけど、私はもう自分のために舞台に立って、弾いているわけではない。東京のこの家にいる20匹の猫たちに餌をあげるため。最初に私が拾ってきた猫はもうみんな歳をとって死んでしまったけど、猫シッターさんがまたあちこちからもらってくるのよ。

うちにいるのは、《出来損ないの猫》ばっかり。きっと人間にいじめられたんでしょうね。お客さんが来ると、ほら、姿を見せないでしょう? この猫たちを食べさせていくことが、私の生き甲斐。自分の食べ物を買うためじゃなくて、自分以外の可哀想な生き物を助けるために生きているところはあるわね。