「定年したらどこに住むか」問題
夜は、頭が仕事モードから切り替わらなくて、なかなか眠れません。「頭の中が熱を持ってて、眠くならない」。頭の中のハードディスクが回り続けている状態で、クールダウンできないのです。モトザワにも経験があります。「ワーカホリックあるある」です。結果、篤子さんは睡眠時間も短くて、疲れが取れません。「若いころは良かったんだけど、もう体がつらくって」
設計を担当する同僚には同世代の社員が多く、彼ら彼女らが60歳で退社してしまったら、余計に仕事が回ってきそうです。現状でも忙しいのに、さらに多忙になるのなら、いっそ、定年まで待たずに辞めてしまおうか、という考えもよぎります。篤子さんの60歳定年は約2年後です。最後の3ヵ月くらいは有休消化で出社しないとしても、まだあと1年半もあります。退職金を計算したら、いま辞めると満額の96%しか出ないと分かりました。「でも、そのくらいなら……」。辞めちゃってもいいかもしれません。
そこで迷うのが、「定年したらどこに住むか」問題です。
実家に帰ると母が喜ぶ、というのは正月にもGWにも目の当たりにしました。父母ともに大きな持病もなく、要介護認定も受けず、2人だけで暮らしていました。母は、父の存命中は気丈で、父を病院に送り迎えするのに車を運転していたほどです(さすがに父の死後は、「危ないからやめて」と説得して車を手放させ、運転はやめさせましたが)。父の死後に気弱になった母には要介護認定を受けさせました。要支援2に認定され、家の内外の階段などに手すりを付けるリフォーム工事をしました。
でも、母は今も、誰かの世話を焼く時は、生き生きとします。孫やひ孫が遊びに来ると、母は嬉々として料理を作ります。たくさん作って、帰りには持たせます。そんな母を見るにつけ、「元気なうちに実家に帰って、一緒に過ごしてあげたい。あとどのくらい一緒に過ごせるのか分からないのだから、のちのち後悔したくない」と思います。
その際、一戸建てからマンションへといった、実家の住み替えは、母は望まないでしょう。町内会など、近所の人たちとコミュニティーができあがっています。母が単身で暮らしている今は、近所の目がある分、安心とも言えます。篤子さん自身は、食事中でも勝手に家に上がりこんでくるような、濃密過ぎるご近所さんとの関係性が苦手で、東京に逃げてきた面もあります。母がいなければ実家の土地には未練はなく、売ってしまうかもしれません。
それに、地震を考えると「東京は恐い。絶対、この先、大きな地震が起きるでしょう」と篤子さん。東京で次に来る地震は、南海トラフか東京湾沖か、いずれにせよ大地震に違いありません。地盤の固いところを探して、今の、丘の上のマンションに決めたので、篤子さん自身の命は助かるでしょうが、震災後の生活は大変そうです。東京を今のうちに脱出するほうが安全だと思えます。