伴奏者としての夫の存在
そんな私のことが気になったのか、お稽古中に、夫がウィーンフィルのツアーでニューヨークを訪れた際に、稽古場の様子を見に来てくれました。当初は来ないでほしいと思っていたんです。だって、家族が稽古場にいたら、お芝居に集中できないじゃないですか。
とはいえ、私は日頃から彼のオーケストラのツアーに帯同したり、リハーサルを見学させてもらっているので、「僕が君の仕事場を見ることができないのはフェアじゃない」と言われ、「ドアの外から5分間だけ」という約束で『猟銃』の稽古場を訪れたんです。
それが、バリシニコフさんと握手したときに「全部見て行きなさい」と、グッと手を引っ張られて稽古場の中へ。結局、稽古場の片隅で最後まで見て行くことになったのですが、そのときに「ああ、夫は伴奏者なんだなぁ」と、あらためて実感しました。
というのも、ウィーン・フィルハーモニーは舞台上で演奏することもありますが、それ以外にも毎晩のようにウィーン国立歌劇場のオーケストラピットでオペラやバレエの伴奏者として、暗がりの中、息をひそめて演奏しているんです。
その経験が活かされて、私たちのリハーサル中も自分の存在を消してそこにいてくれたので、夫のことなどまるで気にすることなく役に集中して、涙を流しながら演技をすることができました。夫には、自分はあくまでオーケストラの一員であって主役ではないという意識があるようです。