父は生前、よく言っていた。

「お礼状を書かなきゃいけない、と思うだけで苦になる」

そう文句を言うわりに、私と違って律儀な性格だったのか、食卓に座り、葉書とボールペンを用意して、礼状書きに専念する。ただ、この苦行を一人で背負うのが嫌らしく、台所にいる母に向かって、

「おい、切手を出して、そばでちゃんと見守っててくれないか」

母はしかたなく手に切手を持ち、父の隣に座って次の指示を待つはめとなる。

「この字でいいのか? 住所は間違っていないか? このボールペンは出が悪いぞ。何を頂戴したんだっけ?」

父の細々した質問に、母が即座に対応することを望んでいるのだ。

あるとき知人から、「おみかんをお送りいたしましたので、まもなく着くと思います」という電話をいただいた。その報告を受けた父は喜ぶかと思いきや、

「ああ、また礼状を書かなきゃならん」

眉間に皺を寄せて溜め息をつくと、から葉書を取り出して、礼状を書き始めた。

「このたびはおいしいみかんをたくさんお届けいただき、まことに有り難う存じます」

まだみかんは届いていないというのに、苦になる礼状書きを先に済ませたのであった。