芝田山親方が解説に出ると思い出してしまうこと

足の指を怪我して途中休場してから途中出場するというあわただしい日々だった関脇・若元春は、13日目に新入幕で3敗の前頭14枚目・欧勝馬と対戦した。若元春が押し出しで上位の強さを見せた。正面解説の芝田山親方(元横綱・大乃国)は、「新しい人が終盤に残っているが、大相撲としての地位、格をしっかり守っていただきたい」と説教のように話していた。大乃国は昭和63年九州場所の千秋楽で横綱・千代の富士の連勝記録を53で止めている。しかし、横綱として期待されながら、怪我などで苦労して28歳で引退した。番付の重さを知る芝田山親方ならではの言葉である。

芝田山親方が解説に出ると思い出してしまうことがある。

稽古総見の申し合いの様子(5月2日、両国国技館 写真提供◎しろぼしさん)

私は30代の時、腰痛で都内の大学病院に行き、腰周辺のレントゲン撮影をした。今は、画像データが医師のパソコンへ送られるが、当時は患者がレントゲン写真を持って医師のところに届けた。私は自分の骨の状態を医師より先にじっくり見たくて、整形外科のない1階のトイレでレントゲン写真を見た。そこには黒い渦のような塊が映っていた。私は腫瘍だと思い、絶望的な暗い気持ちになった。下を向いたまま、エレベーターに乗り込んだ。やけに混んでいて、背後からの圧迫感が凄かった。後ろからの「降ります」の声で、私を含めた前の人は後ろにいる人のためにエレベーターの外に出て道を開けた。後ろから出てきたのは、大乃国だった。

廊下の人たちから「大乃国だ!」の声が上がり、「本場所が近いぞ、大丈夫か!」の声もあった。私は、診察する時に医師の横にある狭いベッドに大乃国はどうやって寝るのかと、その困難さを思ったとたんに、なぜか自分のレントゲン写真の黒い渦のことを医師に聞く勇気を得た。私はレントゲン写真を医師に渡してたずねた。医師の返事は、「腰はたいしたことないね。湿布でも貼っておきなさい。この黒い渦はね、お腹にたまったガスです。人のいないところでガスを出して帰りなさい」だった。

大乃国のお腹は、大相撲では武器にもなる肉だが、私のお腹の張りは人前では披露できないガスだったのである。