この映画は、とにかく映像がいい
ここまでの千紗子と久江の行動は人としてめちゃくちゃであり、共感の余地は全くなかった。しかも、千紗子は父親との確執を抱えていたらしく、千紗子を娘だとわからなくなった認知症の父親・孝蔵(奥田瑛二)に辛くあたり、暴言さえ浴びせるのだ。親とうまくいかなかった私から見たら、「わかる」応対ではあるが、「杏さん、こんな役でいいのだろうか。好感度が下がらないだろうか」と、心配になったほどだ。
しかし、途中から海で波間に揺れる杏の、特殊レンズで撮影したらしいファンタスティックな映像が挟み込まれ、まずはその美しさに圧倒された。この映画は、とにかく映像がいい。
海でのコマーシャル・フィルムのようなファッショナブルな映像がハマるのは、さすがにモデル出身の杏だと思ったが、普段のシーンの映像も常に美しく、杏さんはモデルとしてよりも、メークさえほとんどしない女優としての顔が、実に魅力的で美しいと感じた。深い内面と知性を感じさせる美しい顔だ。
杏だけではない。この映画では、車がただ田舎道を走っていたり、古い民家の廊下で親子がやり取りをしているようなシーンさえ、全て美しい陰影で撮影されており、カメラマン、監督、照明スタッフのセンスが秀逸だと感じた。だからここまでの名優を揃えることができたのだろう。
主演の杏は勿論、認知症の父を演じる奥田瑛二はかつてトレンディー・ドラマ俳優として一世を風靡した俳優だ。が、映画俳優としては『海と毒薬』の生体解剖実験を前におののく繊細な若い医師、『五番町夕霧楼』では鳳閣寺に放火する学生、『ひかりごけ』では、食人の被害者になる船員を演じるなど、半ば狂気に囚われた特異な人物を演じたら右に出るもののない名優だ。今回も失禁シーンを含む認知症の父親の姿を見事に演じていて感じ入った。
記憶を失って仏像づくりに没頭する姿は、何か聖なるものに通じているようだし、ケア・マネージャーの無神経な発言に対して見せる怒りの表情は、鬼が宿ったような激しさ。言葉等なくても、表情だけで演じることのできる俳優の力を惜しみなく発揮している。
子役の中須翔真の自然な演技には舌を巻くほどだし、村の赤ひげ先生と言った感じの酒向芳は見ているだけでほっとするような存在感。そして、実の父親役の安藤政信の演技が本当に怖いのだ!! この映画には、現在の日本の名優図鑑のような贅沢さも併せ持つ。