「難しそう」から「面白そう」へ
中学、高校と演劇部に所属してきた私が、伝統芸能や宝塚を頻繁に観に行くようになったのはフジテレビを退社してフリーランスになった24年前くらいからです。以来、劇場通いを楽しんでいます。観たいものが重なった時は、1日に2公演はしごをすることも。長時間観続ける体力と精神力は、アナウンサーの現場で鍛えられています。(笑)
舞台の魅力は、なんといっても生身の肉体のエネルギーを直に感じられることです。熱量や匂いを持っている人が目の前で動くことで生まれる、ハラハラドキドキ感。そして何よりも、「今観ておかないと観られなくなってしまう」という一期一会のはかなさ……。それらを多くの人に伝えたいと「舞台愛」を公言していたら、演劇関係者へのインタビューのお仕事が増えてきました。ありがたいことです。
2018年春から約1年半、歌舞伎、文楽、能、狂言、落語、講談、浪曲と、それぞれの分野で活躍中の方にお話を伺ってきました。毎回心がけたのは、初心者としての視点を忘れないこと。そして、「伝統芸能って、難しそう」という方に、「面白そう」と思ってもらえるような内容にすることです。
初回は、歌舞伎俳優の尾上松也(おのえ・まつや)さんにご登場いただきました。松也さんはテレビドラマや映画への出演が多いので、映像のほうに熱心なのかな、と私は思っていました。ですが、ご本人はすべて歌舞伎界での自分の立場を変えるため、芸に還元するためにやってきた、とおっしゃる。松也さんは、いわゆる名門の御曹司ではありません。歌舞伎の世界では、名門以外の役者は脇役専門で、主役を摑むのは本当に難しいことなのです。一方で、長く続く家を背負う人からは、大きな名前を継ぐご苦労をお聞きすることも。歌舞伎の見方が変わるような体験でした。
能や文楽は、歌舞伎とは異なり、家元の家に生まれなくても努力次第で舞台に立つことができる芸。観方も自由なんですよ。能楽の宝生和英(ほうしょう・かずふさ)さんに、考えごとをしながら観てもいい、と言われた時は驚きました。もともと能は、「戦国大名が悩みごとを考えるための場」だったのだそう。そんな新しい視点を得るたびに、ますます興味を深めていったのです。
また、落語の春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)師匠はじめ、講談や浪曲など「話芸のプロ」の会話運びには感銘を受けました。私の話をしなやかに受け止め、時には煙に巻きながらも、最後にズドンと深い一言を投げてくる。歌舞伎の方がまっすぐで強い言葉を発せられるのとは対照的でしたね。
用いる言葉は違っても、みなさんのお話には共通することがありました。“師への強い思い”と“責任感”です。先人から芸を受け継いでも、己の代だけでは完成できない。芸という大樹の「接(つ)ぎ木」であることを自覚し、次代に繫げることを第一にしているように私には思えました。
ぜひ、この本をきっかけにして、劇場に足を運んでいただければ嬉しいです。伝統芸能の公演は、「詳しい人と行く」「観た後に復習する」「同じ演目を繰り返し観る」などをすると、面白さに気づきやすくなります。いったん入ってしまえば、演者のビジュアルや衣装を観て、ただただウットリしてもいい。演出の違いを比べて楽しんでもいい。何をどう見てもOKな、とっても自由な世界が広がっていますよ。