ICUと一般病室の中間であるHCU(高度治療室)から一度は個室に移りましたが、また意識がなくなってHCUに逆戻り。それが10月のことで、「意識がなくても話しかけたほうがいい」と、亡くなる日まで毎日電車とバスを乗り継いで会いに行きました。

歯を磨いたり顔を拭いたり、ベッド上でずれた体勢を息子が直したり。意識が戻ると、「今日はみかんを3粒食べようか」などと、なるべく食べ物を口に入れましたが、もう体はカリカリに痩せていました。

亡くなる少し前には、歩行器につかまって立ち上がり、つま先を上げ下げするリハビリを始められたので、再度HCUから個室に移りました。でも、本人は嫌がりましたね。前回、個室で意識がなくなったこともありますし、面会制限が厳しくなるので。

後ろ髪を引かれる思いで「また明日ね」と手を振り、病院を出て2時間後、心臓が止まったという連絡を受けました。

心臓が悪いのは、若い頃からの寺尾の持病です。最初は17歳で新弟子検査を受けた時にわかったそう。現役生活の23年間は、自分で不整脈の回数を数え、「あ、今飛んだ」と言いながら、正の字で数字を記録していました。その数字も1日600回といった数。結婚前から心臓にカテーテルが入っていました。

体が細く、寝ているだけで痩せてしまうような体質。普段の体重は114キロなのですが、本場所が始まる2週間前には、120~122キロまで増やさないといけません。体重を増やすために夜中の3時や4時に起きて、無理やりサンドイッチを口に押し込んでいました。

とはいえ、体重が122キロを超えると心臓に負担がかかりすぎるので、本場所を終えたら体重を戻す。これを年6回繰り返すのです。正直、力士としての生活が心臓に悪影響を及ぼしたのだろうと思わずにはいられません。

後編につづく