『源氏物語』ににじむ紫式部の出家願望

このような「式部堕地獄説話」が登場するのは平安末期以降のこと。ですが、生前の紫式部も、人知れず、深い悩みを抱えていたのかもしれません……。なぜなら、『源氏物語』終盤の「宇治十帖」では、登場人物たちの仏教への傾倒がはっきりと描かれているからです。

作中ににじみ出る仏教へのあこがれは、「紫式部その人の心情と、解釈していいのではないだろうか」と、瀬戸内寂聴さんは述べています(『源氏物語の京都案内』「宇治十帖 浮舟の悲劇を追って」文藝春秋編、文春文庫)

つまり、『源氏物語』を執筆しているあいだに仏教への関心が高まり、いちばん最後に書いた「宇治十帖」では、仏教色が濃厚になったということ。

さらに、浮舟が出家するシーンでは、剃髪後の複雑な心理が細密に描写されており、他の登場人物の出家とはリアリティが違うと、寂聴さんは指摘します。こうした点から、作者自身の出家願望がうかがえるのはもちろん、実は「宇治十帖」は紫式部が出家して得度したのちに書かれたのではないか、との推察もできるというのです。

7月半ば現在、『光る君へ』のまひろ(吉高由里子)は、まだ『源氏物語』を書き始めていませんが、後半のストーリーでは、彰子サロンでの日々や『源氏物語』の執筆が中心となるはず。

苦悩や葛藤も含めて、まひろはどのように『源氏物語』と向き合っていくのか。そのあたりの心の動きにも注目したいところです。