『源氏物語』は政治小説でもある
一般的には平安京の宮廷ロマンス小説として知られる『源氏物語』ですが、「それはこの作品の一面にすぎません」と「宇治市源氏物語ミュージアム」の家塚智子館長は語ります。
ミュージアムを訪れる人のなかには、光源氏のことを「職業不詳の、ただの大金持ちのぼんぼん」だと思い込んでいる人もいるとか。
「光源氏は政治家だと説明すると驚かれる方が多いですね。それに、現代では恋愛遍歴の部分が強調されますが、『源氏物語』は単なる恋愛小説ではなく、政治小説でもある。物語としておもしろいだけではなく、政治的な駆け引きがリアルに描かれているため、一種の帝王学としても読めるのです。天皇も大臣もみんな悩んでいたのだなあ、と感じると思いますよ」
ここまで『光る君へ』を観てきたみなさんには、しっくりくる説明ではないでしょうか。
要するに、政務や権力争いに腐心する道長(柄本佑)の姿を、光源氏に置き換えればいいということ。ただし、光源氏は『光る君へ』の道長よりも、はるかに恋愛に熱心だったようですが……。
光源氏は、40歳を前に准太上天皇という上皇に准ずる地位にまで昇りつめ、栄華を極めます。ただし、『源氏物語』は、執筆当初から壮大な政治ドラマとして構想されていたわけではないようです。
「紫式部が彰子に仕えるようになり、上流貴族の世界や政治の駆け引きを間近で見聞きしたことで、リアリティのある政治ドラマを描けるようになったのではないかと推測されています。いわば、少女小説として書き始めたものが、社会問題に斬り込む長編小説のような重厚な作品になっていったのです」(家塚館長)
『光る君へ』のまひろも、彰子や道長のそばで目撃した天皇や公卿たちの政のリアルを、物語のディテールに落とし込んでいくのでしょう。
この長編作品がいつ完成したのか、定かではありません。もっと言えば、現代に伝わる『源氏物語』が、1000年前に紫式部が書いたものと同じであるとは言い切れない(紫式部が生きていた時代の流布本が現代まで残っている例はなく、執筆当時の物語の実態は不明なのです)。一部が消失したとの疑念や、繰り返し書き写され、編集されるうちに、オリジナルの文章とは違ったものになってしまった可能性も指摘されています。
また、下書きを道長がこっそり持ち去った“事件”(本連載の第2回参照)の際に本人が危惧したように、一部の草稿が完成稿として世間に出回っていることもありうる。
それでも、紫式部が構想した物語が1000年にわたって読み継がれ、それぞれの時代の人々に愛されてきたことは、紛れもない事実なのです。