子どもたちはママを裏切らないもの

何はともあれ、イタリアで事実婚が増えた最大の要因は、簡単に離婚ができないという事情だろう。

子どもがいたり、共有財産がある場合、離婚するには夫婦がすでに法的に別居している必要がある。別居の申請をしてから最短半年で離婚が成立、協議離婚は12ヵ月、合意が叶わない場合は何年もかかる。

別居期間を長く設けるその背景には、夫婦の関係性の修復が意図されているのかもしれないが、私の周りの友人たちは離婚が成立していなくても、別のパートナーを見つけるなりして新しい人生を築いている。

こうした事例が当たり前になりつつあるのも、人生何十年も生きていくなかで結婚という制約に囚われ、苦しむのはごめんだ、と今の若い人たちが考えるようになったことの表れだろう。

義妹の相手は少し前から同じ街に暮らす二人の子持ちのバツイチ女性を好きになって、家に戻ってこなくなったのだそうだ。酷いけれど、事実婚らしい顛末だ。

失業中という理由で自分の子どもたちへの養育費も払われていないという。

「何よそれ、戦いなさいよ!」と親族の叔母さんにせっつかれても、「いいの、子どもたちがいるから。子どもたちはママを裏切らないもの」と言って、彼女は膝の上の5歳の息子をぎゅっと抱きしめた。

それを見ていた夫がひとこと小声で、「事実婚のせいでますます親子依存が増えていく気がする」とつぶやいた。


歩きながら考える』(著:ヤマザキマリ/中公新書ラクレ)

パンデミック下、日本に長期滞在することになった「旅する漫画家」ヤマザキマリ。思いがけなく移動の自由を奪われた日々の中で思索を重ね、様々な気づきや発見があった。「日本らしさ」とは何か? 倫理の異なる集団同士の争いを回避するためには? そして私たちは、この先行き不透明な世界をどう生きていけば良いのか? 自分の頭で考えるための知恵とユーモアがつまった1冊。たちどまったままではいられない。新たな歩みを始めよう!