師匠レイ・チャールズと対談

僕はアメリカのR&Bを代表するレイ・チャールズという人を師匠と慕ってきました。本当の“天才”、“genius”という言葉は彼のような人のためにあるのだと思います。ご存じの方も多いと思うのですが、レイ・チャールズは目が見えません。それなのにピアノの前に座って、高いところから指を思いっきり振り下ろしても、最初の1音が正しく始まり、間違って弾くことがない。

毎回、どんな曲であっても彼なりのアレンジが加えられており、その微妙な旋律は複雑すぎて譜面に起こすことができないんです。彼はビッグバンドと演奏していても、突然「そこのギターの3弦が低い!」などと言って演奏を止めさせることがある。数えきれない音の中から違和感を拾える耳の良さを持っているのです。100回以上彼の公演を聴きましたが彼のパフォーマンスに飽きることはありません。

当時の上田正樹さんの1ショット
ロングヘアの上田さん。時代を感じさせるいでたち

彼のファンだった私は、何回かレイ・チャールズに会って対談をする機会もいただきました。日本のホテルで会いましたが、「さぁ、ここに座って」と僕を案内してくれる。慣れた空間では、まるで目が見えているように振る舞うんです。その様子は「見えてるんちゃうか?」と疑いたくなるくらい。(笑)

最初の対談の時、26歳くらいだった僕は「音楽はあなたにとって何ですか?」と聞きました。レイ・チャールズは「音楽は僕の血のようなものだ」と迷うことなく答えました。当時の僕は、自分は音楽を好きではいるけれど、そこまで言い切ることはできないと、師匠の言葉に圧倒されたのを覚えています。あれから50年、音楽を続けてきて、僕も今同じことを聞かれれば「僕の肉体に染み付いてるものだ」と答えられるようになりました。

50年経ってやっと「スタートラインに立てた」と感じています。ずっと聴きに来てくれているオーディエンスの方には、「今が一番声が出ているね」と言われるんです。

上田正樹さんの写真
(撮影:本社・奥西義和)

若かりし頃、スティービー・ワンダーを指導していたボイストレーナーにアドバイスをもらえる機会があって、その時に「背骨を使って歌え」と言われました。当時はなんのことだかさっぱりわからなかった。それが20年以上経ってからライブの最中に「あ、このことか」と分かったんです。それまでは咽喉にポリープができたり、声が枯れてしまうことがあったのに、“背骨を使う”感覚を掴んで以来、歌っていて喉が不調になることがなくなった。

あらゆることを試し、いろんな道を通った結果、R&Bの本質はグルーヴと言われるリズムに宿っているんだなということがわかりました。「〜の、ようなもの」ではなく、僕はR&Bのど真ん中をやりたいんです。