小説で、その時代の幸福論を書きたい
登場人物の一部に、動物の名前を忍ばせました。主人公の会社の後輩・宇野沢美羽はウサギ、船の修理工・丑尾健二郎は牛など、動物の持っているイメージを想起させるのに、漢字で表現するのが適している。漢字でイメージを表現することができるのは、日本語の面白いところ。
装丁画は、現代美術家の井田幸昌さんにお願いしました。井田さんは初期の頃、よく馬をモチーフにしていて、その絵が印象に残っていたんです。井田さんは今作のために馬の油絵を三つ描いて見せてくれて、最後に出てきたのが、顔が見えない馬の絵。実際に付き合っていくと馬は個性豊かで、一頭ずつ顔も性格も違う。そこが抽象化されているのがいいと思って表紙に選びました。
今は本を買うことが貴重な体験になっていますよね。内容が面白いことは当然ですが、マテリアルとしての価値を高めるために、装丁にもすごくこだわっています。昔はもう少しのんきだったんですが、刻一刻と本を取り巻く状況が厳しくなっていくので。
帯のオレンジ色は、馬具屋から始まったエルメスを意識しました。ほかにもフェラーリ、ポルシェといったブランドも、人間の富や憧れの象徴に馬を取り入れている。このオレンジを見た時に、みんなが潜在的な憧れを感じてくれたら、それは紙の本の持つ魅力でもあるのかなと。