地元民で賑わう旧館へ
その晩は宿の風呂に入り(これも十分気持ちよかった)、翌朝7時、朝食前にその竜宮城的公共温泉に入りに行った。辰野金吾の遊郭的新館でなく、その隣にある、地元の一般客が入っている旧館(元湯)の方に行く。
そこは古い大きな木造の建屋で、入場料は400円。安い! 東京の銭湯以下だ。
入ると、その時間なのに、すでにたくさんの人で賑わっているではないか。
湯上がりの人々が、通路にある長椅子に座って、テレビを見ながら談笑している。観光客らしい人は見当たらず、顔見知りの地元民ばかりのようだ。
「どーも」
「あぁ、どーも、急に寒うなったなぁ」
とニコニコ挨拶している。そして見ず知らずのボクにまで、湯上りの顔のおばちゃんが会釈してくる。
ここはどこ? 今はいつ? その昔、銭湯が社交場だった頃の、和やかでのんびりした空気が、古い廊下に温存されている。世知辛い東京から来たばかりのボクは、なんだか涙が出そうな気持ちになった。
浴室内も木造で、天井が高く、高窓からの朝日に照らされた梁や柱は、古寺のごとく年季が入っている。これは確かに「入るべし」だ。
湯は透明で、匂いもない。でも手を入れた肌触りはやわらかく、やっぱり温泉だ。
最初熱くて、少し我慢して浸かっていたが、じきに肌が馴染んだ。馴染んでしまうと、出たくないほど気持ちいい。
それより、湯から上がった時の肌が、実にさっぱりして清々しい。こりゃ湯上り最強の温泉だな、というのが、その時の感想。