母の秘密を辿って政府機関で働きだした男は――
第二次世界大戦終結後のロンドンで、10代の姉弟を置き去りにして両親が失踪する。母が旅支度したトランクは家に残されたままで、父の出張に付きそうという話は噓だった。
姉の名はレイチェル、弟の名はナサニエル。〈リュヴィニー・ガーデンズ〉にある彼らの家には親が指定した後見人が住みついてしまい、彼は姉弟から「蛾」というあだ名で呼ばれることになる。さらに「蛾」は元ボクサーの「ダーター」を呼び寄せ、姉弟の家には素性の怪しい人々が出入りしはじめる。階級社会の軛(くびき)が強く残るイギリスで典型的なミドルクラスの子として育てられた姉と弟は、「蛾」や「ダーター」を通じてさまざまな社会階層の人々と出会い、そうした者たちの自由な振る舞いに次第に魅せられていくのだ。
映画『イングリッシュ・ペイシェント』の原作などで知られるカナダの作家オンダーチェの最新長編である本作は、弟ナサニエルがこのように謎に満ちた自分の少年時代を、成人後に政府の情報部に勤める一員として振り返るかたちで綴られる。母はいったい何者で、なぜ自分たちを捨てたのか。十数年後、彼はその真実をすべて知るだろう。
この小説の主題は、多くの登場人物が真の名前以外で呼ばれることに表れているようだ。「蛾」「ダーター」だけでなく、ナサニエルの恋人「アグネス」も二人が逢引をした家のある通りの名である。失踪した二人の母は姉弟を「スティッチ」「レン」と呼んだが、彼女自身も家族の知らない別の名をもっていた。
題名にある「淡き光」とは、戦時の灯火管制下にあって夜に微(かす)かに焚かれる光のことだが、そこに映し出されたおぼろな影こそが、人々の真の姿を伝えてくれるのかもしれない。
著◎マイケル・オンダーチェ
訳◎田栗美奈子
作品社 2600円