歌舞伎でしかできないトリックも潜ませて

本作は夏の納涼歌舞伎として構想したものですから、そうした歌舞伎のお約束を意識した「怪談」っぽい小説に仕立ててみようと考えました。

たとえば歌舞伎でよくある、「おのれ迷うたか」と叫んで幽霊をばっさり斬ると、あわれ実は別の人が死んでいた――という場面。これは絶対に採用したかったんですね。

それから歌舞伎でしかできないトリックも潜ませています。実は歌舞伎座で販売された筋書の配役表にも、観客をミスリードする「仕掛け」を施したのですが、どれくらいの人が気づいてくれたでしょうね。(笑)

主要な登場人物の中禪寺洲齋(ちゅうぜんじじゅうさい)は、デビュー作『姑獲鳥(うぶめ)の夏』から続く「百鬼夜行」シリーズの主人公の曽祖父。その出自を明かしてしまっているので、シリーズ読者の皆さんも興味を持っていただけるかもしれません。

その洲齋を松本幸四郎さんが演じてくれました。素晴らしい仕上がりでしたが、かなり小説に寄せてくれていて。実は歌や踊り、それから立ち回りや「ここで見得を切ったら格好いいかも」と想定した場面もあるので、もし再演の機会があるなら実現すると嬉しいですね。上演するごとに変化するのが歌舞伎ですから。

もし納涼歌舞伎の演目として残ったなら、「これが原作か」と僕の小説を100年後に手に取る人がいるかもしれませんし。僕は生きてませんけど。

 

『狐花 葉不見冥府路行』(著:京極夏彦/KADOKAWA)