自分の得意なことを自由にできる世の中に
2020年の夏から秋にかけて、『女々しき力』と銘打ったプロジェクトを企画していたんです。今、演劇界で活躍している女性劇作家たちが集まって、それぞれが書いた戯曲を連続上演し、女性が女性であることをともに喜び、お客様にも大いに楽しんでいただく機会を作りたいと考えて。
このプロジェクトは20年来の構想を経て間もなく実現するはずでした。2000年頃、女性の劇作家は如月小春さんと岸田理生さん、そして私の3人くらいでした。「日本の演劇界は男社会だから、私たち女性が何を言っても通らない。だったら女同士で集まって一緒に何かをやろうよ」ということで意見が一致したんです。
演劇の世界は、残念ながら今でも男尊女卑が続いているのが現実です。唐十郎さんや野田秀樹さんなど、女性を軽視しない作品を書いておられる方も少数ながらいらっしゃいますが、日本の現代劇は男性目線で書かれた戯曲ばかり。
日本劇作家協会が主催する新人戯曲賞の審査員も、長い間、7名のうち女性は私と永井愛さんの2人だけでした。ようやく昨年から女性審査員を増やす動きが出てきましたが、男性が多いと自ずと男性目線の作品ばかりが選ばれる。女性蔑視のセリフがポンポン出てくる戯曲も多いのに、男性の演出家や劇作家はそれが女性を傷つけることだと気づいてさえいない。
しかも、私たちの世代の女性演出家の大半は独身で、結婚していても子どもがいる人はほとんどいませんでした。その理由は、男性と同じ仕事、いやそれ以上の仕事をしていても、家事や子育てを平等に分担するという意識のパートナーがめったにいなかったからだと思うんです。幼い頃からすり込まれた男性社会の既成概念で、残念ですが、今もさほど変わっていないと思います。
如月小春さんは結婚していてお子さんもいたので、私は応援していたんです。それが、このプロジェクトを立ち上げようとした矢先に、44歳の若さで亡くなってしまった。クモ膜下出血でした。そしてその3年後に、岸田理生さんも病気で亡くなって。それから20年たった今、私一人が生き残っているわけですから、自分の目の黒いうちにこのプロジェクトを実現させなきゃいけない。それが私に課せられた使命だと思います。
タイトルの『女々しき力』は、“女々しい”とネガティブに使われている言葉を逆手にとりました。男性が勝手にマイナスにとらえている“女々しい力”は、本当はこんなにもパワフルで素晴らしいものなのだと訴えたかった。
だって、今回のコロナ禍でも、生活者目線でリーダーシップを発揮しているのはドイツのメルケル首相やニュージーランドのアーダーン首相じゃないですか? 女性のほうが現実的で、その場その場の状況を柔軟に受け入れて、臨機応変に対応していくことに長けているような気がします。
でも、男性は理屈や数字だけで現実を測るようなところがあるし、特に、中年のおやじはガンコでプライドが高い。今回の政策でも、途中で間違っていたと気づいたら、「ごめんなさい」って謝って、すぐにやめたらいいのにね。(笑)
男性を責めてばかりですが(笑)、私が理想としているのは、性別に関係なく、一人一人が自分の得意なこと、好きなことを自由にできる世の中です。「女だからしちゃいけない」「男だからこうあらねばならない」という既成概念にとらわれず、自分の内面から湧き上がってきた思いを、自分自身の責任で誰もが平等に実現できる世の中にしたい。
そのためにも、延期にはなりましたけど、今回の『女々しき力』プロジェクトは何らかの形で絶対に実現させたいと考えています。インターネットでの配信など、どういう方法にするかは検討中ですが、女性ならではの底力を広く世の中に伝えていきたいですね(その後、プロジェクトの序章として、木野花さんとの二人芝居「さるすべり 〜コロナノコロ〜」を8月に上演)。