「あぶない刑事」にあこがれて
私は今年6月に、新作映画『帰ってきたあぶない刑事』を、膝の上にバッグを載せ、その上に母の遺影を置いて鑑賞した。
母は1986年から日本テレビ系で放映していたドラマ『あぶない刑事』の大ファンで、認知症になる前は影響を受けていたのである。スーパーの入口で待ち合わせをした時、「こっちよ!」と母の声がして、そちらを向くと、『あぶない刑事』の「ユージ」こと大下勇次(柴田恭兵さん)がカッコ良く銃を構えるポーズを真似て立っていたりした。
ある日、母が買い物から帰ると、家の前にシワだらけのコートをきた中年の男性がいた。母が「何か用ですか?」と聞くと、その男は「この先の道路で夜中に轢き逃げがあり、物音とか気づいたことはありませんか?」」と言い、警察手帳を見せた。
そのとたんに、母はその男に体当たりをして玄関に飛び込み、ドアに鍵をかけた。
母は「帰れ!警察を呼ぶぞ!ニセ刑事だと分かっている!」と、叫んだ。男は「奥さん、本物の刑事です。信じてくださいよ」とドアの向こうで情けないような声で言っている。母は絶対に開けなかった。母が窓を少し開けて見ると、その男は、うちの軽自動車をジロジロ見てから帰ったそうである。
後日、母は近所の人から、轢き逃げ事件のために警察が聞き込みをしていることを聞いた。母は「警察手帳を、『あぶない刑事』のユージみたいに、サッとカッコ良く見せなくて、モタモタ出したからニセ刑事だと思った」と、私に真顔で言い、反省はしていた。そして、「コートが古めかしくて、ヨレヨレだったから」と付け加えた。母はNHKや日本テレビで放送の『刑事コロンボ』も好きだったので、私は「ヨレヨレのコートなら刑事コロンボもそうじゃない」と言った。すると母は「あの人には風格がある」と即答したのである。私は本物の刑事さんに対して、申し訳なく思った。