記憶力を失った妻との日々

毎朝玄関でおこなう会話以外の夫婦の楽しみは、毎週土日の2日間、リクライニング・チェアを並べて、テレビを見、主としてプロ野球の勝敗などを話し合うこと。

もっとも、妻は「認知症」とはいえ、徘徊、暴力的言動等はなく、記憶力はほとんど失われているが、単純会話は問題ないし、私自身はいわゆる「認知症」なのかを疑うことすらある。

もうひとつの楽しみは、東北大学教授の川島隆太さんが「くもん出版」から出している「脳を鍛える大人の名作読本」シリーズを読む彼女を見守ることである。

このシリーズの本は、明治、大正、昭和の日本の古典を、ルビつきの大きな活字で印刷したもので、妻のような認知症患者でも何とか読めるように作られている。妻がどれだけ理解しているかはわからないが、彼女が唯一知的世界に陶酔している時間であり、私にとってその姿を見ているときほど、心の休まるときはない。

この病妻との生活を楽しんでいられるのは、超孝行者の息子とその愛妻の2人が、病院通いや日常の介護のすべてを面倒みてくれているおかげだ。私自身もしばしば入院することがあり、外見的には老々介護だが、隣家に住む息子夫妻がいなければ、不幸な老々介護世帯になっていたに違いない。《家族》の大事さを痛感する老生活である。

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