夢も見ずに眠った。
河出書房新社 1750円
ある夫婦の破局、そして再生
大学時代からの付き合いの延長で結婚した沙和子と高之。東京・中延(なかのぶ)で母子家庭に育った高之は、埼玉の沙和子の家に入り婿する。利根川と荒川、この二つの大河に挟まれた熊谷で育ち、高之から「メソポタミアの箱入り」とからかわれる彼女は、事実、実家から一度も出て暮らしたことがない。
そんな沙和子に、札幌への異動の内示がある。彼女はキャリアを優先して単身赴任を決め、高之は熊谷の家で義父母と暮らすことにする。だが部下の結婚式帰りの沙和子と大津で落ち合った際、長距離ドライブの疲労がたたり、彼は突然うつ病を発症する。それを機に二人の心はすれ違いはじめ、ついに離婚へと至ってしまう——。
沙和子は優等生として育ったが、自身のうちにひそかに「抵抗」を養っている。高之はそんな彼女の強さと正しさが、いつか自身を追い詰めることを察知している。二人が出会ったばかりの1998年のエピソードを交えつつ、破局とそこから二人が再生していく過程が、2022年という〈未来〉まで、少しずつ間を置いて描かれる。物語は二人の視点で交互に進むが、高之が病から次第に回復していくプロセスは、同時に沙和子が救われる過程でもあるのだ。
著者の手による過去の作品と同様、車で、あるいは鉄道で、主人公の二人は移動を繰り返す。遠野、函館、青梅といった土地は風物や歴史によって彼らの心の機微にふれ、沙和子も高之もそこから自身を立て直す手がかりを得る。物語の冒頭と最後で二人は岡山を訪れるが、その反復は人生をやり直すためではない。とある場所で二人が迎える、生きること自体を寿(ことほ)ぐかのようなクライマックスはじつに感動的である。