1回限りではなく、衝動を制御できずに痴漢行為を反復してしまうのは、コントロール障害の一種で「窃触(せっしょく)障害」という病名がつく。常習者が多いとされる痴漢は、この窃触障害の疑いが強いという。脳の報酬系と呼ばれる神経系に問題が生じ、「やめたくてもやめられない」状態に陥る。そのしくみは、アルコールや薬物、ギャンブルなど、ほかの依存症と同じだ。

しかし、ほかの依存症との違いもある。薬物やアルコール、ギャンブルなどの依存症は結果として周囲が迷惑を被ることはあるが、「直接的な被害者」はなく、損なわれるのは自らの健康だ。ところが性依存症では、主に女性や未成年者などが、ときに深刻な被害を受ける。

たとえば電車での痴漢行為でも、体を触られるだけでなく、下着の中や性器に手を入れられる、精液をかけられる、洋服をカッターで切られるなどさまざまな被害がある。「痴漢」や「いたずら」というと響きが軽いが、小学生が処女膜を傷つけられるような性被害まで生じる。これは弱者を対象とした、れっきとした性暴力なのだ。

犯罪につながる性依存症の難しさを語るのは、前出の斉藤さんだ。

「ほかの依存症では、自分がその対象への行動や衝動をコントロールできないと認めることから治療の第一歩が始まります。ところが被害者のいる性依存症の場合、『コントロールできない』『自分が無力である』と認めることは、『加害行為の責任を放棄していい』という世界観につながりかねない。また、アルコールや薬物依存は『依存対象を完全に断つ』ことが治療になりますが、性依存症の場合、夫婦間のセックスや自慰行為まで禁止することは困難です。いろいろな意味で、加害行為を含む性依存症の場合は従来の治療モデルに馴染みにくい部分があるのです」

 

痴漢を始めるきっかけは性欲ではなく支配欲

「痴漢」というと、女性とまともに接することができない変質者のようなイメージが強い。だがそれは大きな誤解だと斉藤さんは言う。

「実際は、一見ごく普通の人がほとんどです。典型的なのは、四大卒で妻子のいる真面目なサラリーマン。実は前から何度も捕まって示談で済ませていた、と後から妻が知らされるパターンはよくあります。まさに青天の霹靂です」

痴漢を始めるきっかけは、「電車で偶然に触れてしまい、その感覚が衝撃的だった」とか、「人の痴漢行為を目撃し、自分にもできると思った」というケースもある。また仕事上のストレスが引き金となることも多く、憂さ晴らしに痴漢をするという人もいる。彼らは決して特殊な存在ではない、と斉藤さんは説明する。

「臨床現場から見ると、強すぎる性欲を持て余して痴漢行為に走る人は少ないのです。しかし、性犯罪は性欲が原因だという大きな誤解がいまだ世の中にある。すると『男の性欲は抑えるのが難しいから仕方ない』という短絡的な話になりがちです。そうではないことを知ってほしい。たとえば痴漢行為をしながら勃起していない人も多いことが、当事者への聞き取り調査からわかっています」