では性欲ではなく何が原動力なのか。それは「支配欲」「征服欲」だという。斉藤さんの患者の中には「飼育欲」と表現した加害者もいた。

「痴漢被害に遭うのは圧倒的に女子中高生が多いのですが、制服は従順の象徴、支配欲を刺激する一種の記号となる。痴漢する理由を『達成感』『生きがい』と言った人もいました。実行した詳細をコツコツと手帳に書き込み、スキルアップしていくゲーム性に耽溺する人も。加害者にとってはそうした複合的な快楽が凝縮された行為なので、なかなかやめることができないのです」

さらに、痴漢行為に走る背景のひとつとして「自己肯定感の低さ」を指摘するのは精神科医の福井裕輝さんだ。福井さんはNPO法人「性障害専門医療センター SOMEC」で、性犯罪歴のある人の治療に当たっている。

「痴漢行為で征服感を求める気持ちの根底には、往々にして自己肯定感の低さがあります。それがどこからくるか調べると、加害者本人も過去に性的なものを含めた虐待、厳しすぎるしつけ、あるいはイジメを受けていた事実に行きつくケースは多い」

それでは窃触障害に対してはどのような回復手段があるのだろうか。

治療方法はほかの依存症と同じく、認知行動療法が中心だ。認知行動療法とは、治療者が患者の「偏ったモノの見方や考えの癖(認知の歪み)」を捉え、積極的にアドバイスしながら行動を修正していく方法だ。

だが性犯罪の場合は、そこに別の要素も加わる。たとえば性犯罪で逮捕された場合、刑事手続きの段階から再犯防止を目的とした治療介入をする「司法サポートプログラム」が導入されている。その中で認知の歪みの修正をしつつ、他者への共感力を養い、被害者に対する理解を深めるなどの内容を段階的に学びながら身につけていく。

前出の斉藤さんのクリニックではデイナイトケアという週6日のプログラムを受け、それを再犯リスクに応じて半年~3年ほど続けるという。

依存症は、完治することはないが回復することはできると言われている。依存症の定義は、“社会的損失や身体的損失、経済的損失があるにもかかわらずそれがやめられない状態”とされる。治療の結果、衝動の制御やリスクマネジメントができるようになれば、回復が軌道に乗ってきたと解釈することも可能だ。

「しかし2年、3年と再犯がなくても欲求はある、という患者も少なくない。何かのきっかけでいつでも再発する可能性はありますから、再発の危険を感じたら早めに来院するようにと伝えています。緊急性がある場合には本人の了承を得たうえで薬物を使用し、一時的に衝動を抑えることも可能です」と福井さん。