坂の曲がり角にある鉄柵につかまって止まろう。しかし、思いと体の動きは完全にバラバラで、鉄柵につかまった途端、おでこを思いきり打ちつけ、その勢いで両足が交差し、ぎくっと音がして、後ろに倒れてしまった。

しばらく動けなかったが、手を地面につき、柵をつかんで立ち上がって柵伝いに歩き始める。田んぼの一本道の先にあるわが家までなんとか辿り着き、午後になれば治るだろうと、ベッドに潜り込んだ。

午後、軽い気持ちで近くの整形外科へ車を運転して行ってみた。鏡に映った顔が朝より腫れていたし、ヨロヨロとしか歩けなかったが、痛みはまったくない。診察室まで手すりにつかまりながらそろそろと入ると、「大腿骨骨折です」との診断で驚いた。

「安静にしていても治りますが、何ヵ月もかかります。手術すればすぐに歩けますよ」と言われ、手術のできる県立病院へ、その場から救急車で直行。コロナ検査は陰性だった。

東京の娘に電話すると、「どうして強風のなかを歩いたの」。翌日一番の飛行機で駆けつけてくれ、整形外科に置いたままの私の車を引き取ってくれた。84歳で独居の私が病気になった時のために備えていた「入院セット」が自宅にある。

それをスマホで撮影していたので娘に送信して、足りないものを買い足して病院に運んでもらい、入院手続きが完了。個室の空きがなく4人部屋で、感染予防のために娘は部屋に入れず、リモートで会話。

「大丈夫?」「絶対安静で明日は手術」「明日も来るわ」「ありがとう」。携帯の画面で手を振る娘に私も手を振り返した。手術も無事終わり、個室に移ってリハビリも万全だ。