「夫婦の幸福」
さて、私達はどんな理由で結婚し、夫婦になっていくのだろう? 学校選びのように偏差値を競い、「よりステージアップするため」にする結婚も時にあるだろう。しかし、大抵はもっと身近な、例えば「自分にできないことを助けてもらえる」とか、「自分が相手の役に立てることが嬉しい」「自分の悲しみをわかってくれる」といった理由なのではないだろうか?
私自身、難病に罹患して、仕事、収入、人間関係がほとんど失われた時に結婚した。主人だけが私に優しくしてくれ、すがるしかなかったというのが本当のところだ。でも、そんなきっかけで結婚できたことを、感謝している。あのまま病気もせず、収入もしっかりあったら、結婚はしないままだったろう。
主人は家事もできず、あとは死ぬのを待つだけの私と結婚してくれた。彼には何の得もない結婚。でも主人は「役に立てるのが嬉しい」と言った。最初は恋愛とは違い、依存だったと思うが、長い時間を共にする間、夫に対して「愛しさ」を確信するようになった。
夫婦の生活は、どんな金持ちでも有名でも、あるいは貧しくても、「平凡な繰り返し」の連続だと思う。朝起きて、どちらかあるいは両方が仕事に行き、子どもがいれば世話をして、食事をし、ともに寝る、其れだけだ。自営業でなければ共にする時間は、職場の同僚の方が多いだろう。性生活などは日本の場合、子どもが出来たら大抵はなくなる。
しかし年を取ってくると、この単調さが心地よくなってくる。色んな時間を分け合った相手が帰ってきて、いつもと同じことを話して眠るのが、楽しみに感じるようになる。夫婦のよさは、おそらくそんなところにある。
そういう「夫婦の幸福」が、この映画ではとてもよく描かれている。孫を連れた子どもの訪問、おしゃべり好きで人のいい近所の主婦との世間話、原田知世が半纏を纏い、こたつで手紙を書いたり、旅行パンフレットを見るシーンは何とも素敵である。
人生を沢山過ごしても、「旅行にもっといきたかった」「もっと優しくすればよかった」「相手にもらった心のこもったプレゼントを失くしてしまった」などという後悔があるのも夫婦だろう。そんな平凡で当たり前だった毎日もいつか終わるのだ。