つかこうへいは優しい父だった

自分が親になったことで、あらためて父の言動を思い返す機会も増えました。これを言うとみなさんに驚かれるのですが(笑)、私にとって父は本当に優しい人でした。子どもの頃から、1度も怒られたことはありません。だから、父が俳優さんに向かって灰皿を投げたとか、人格を否定するような言葉で怒鳴りつけたという話を聞くと、ポカンとしちゃって。それって、本当に父のことなのかしら?と。でも、今、思うと、「娘は愛されて幸せに育つべき」という父なりの美学がきっとあったのだろうと思います。

幼いころの愛原さんと、父つかこうへいさんの写真
父・つかこうへい氏と

私に対して、「ああしなさい」「こうしなさい」と強制することもいっさいありませんでした。ただ、ひとつだけ「様々な世界を見てほしいから、そのためにまずは本を読みなさい」と。家にはたくさん本があり、家にいるときも、一緒に出掛けているときも、父は常に本を読んでいましたね。おかげで私も本を読むのが大好きに。今でも、本の匂いをかいだり、ページをめくるときのパラッという音を聞くと、父がそばにいるようでなんだか安心するんです。

幼い頃から、父が演出する舞台も見に行きました。初めて見たのは『熱海殺人事件』で、私が6歳のとき。正直な話、内容はまったくわからず、大きな音や激しいセリフのやりとりが、子ども心にとにかく怖かった。いつも優しい父がこんなに怖いお芝居を作ったとは、とうてい信じられなくて。

私が宝塚を好きになったのは父の芝居の反動かもしれません。私が通っていた中高一貫の女子校の高等部に宝塚クラブがあり、『ベルサイユのばら』のタンゴの部分だけなどを文化祭で演じていたんです。進学が決まっていた中学3年生の時にそのステージを見て、たちまち虜になっちゃって。父のお芝居は人の傷口に塩を塗りこむような作風ですが、宝塚には夢がいっぱい。なんて安心して観ていられるんだろうって。(笑) 

「宝塚に入りたい」と言ったとき、父は絶句していましたね。反対はしませんでしたけど、想像もしていなかったんだと思います。とはいえ、父は宝塚の舞台はリスペクトしていて、入団後も、私の演技に口出しすることはいっさいありませんでした。時折、私が出演する舞台を観に来て、「あのシャンシャンは何なの?」と尋ねることはあっても、こと演技に関しては「あちらの演出家の先生の指示に従って頑張りなさい」と。ただ、『エリザベート』という作品で、マデレーネというフランツ・ヨーゼフを誘惑する娼婦役を私が演じたとき、キスシーンのような場面があったんですよ。そのときだけは「あれはイヤだな」って(笑)。キスシーンと言っても、宝塚ですから女性同士なんですけどね。