『ジャワの踊り子』での思い出
一番覚えているのは、
「とにかくお前は動くな!」
と言われ続けた『ジャワの踊り子』。
1952年初演の再演作品で、インドネシア独立のために倒れた若者たちの恋を描いた作品です。
舞台は第二次世界大戦終戦後のオランダ領インドネシア。
傀儡王朝の王宮では王を慰めるため、華やかに歌と踊りが繰り広げられていました。
花形の踊り子アリ・アディナンと、踊りのパートナーで恋人のアルヴィア。
アディナンは、独立運動のリーダー、マタハリでした。
踊り子の中に"マタハリ"がいるという疑惑により、オランダ政庁の警察総監ポールが、部下でインドネシア人の刑事ハジ・タムロンと共に王宮を訪れます。
タムロンはアディナンを疑い、物語は始まっていきます。
私の役はオランダ政庁の警察総監ポール。
怜悧な切れ者ですが、アルヴィアを気に入り、恋人アディナンの命と引き換えに結婚を迫る(しかも現地妻に)という敵役でした。
「一歩たりとも動くな。顔も動かすな!」
と、稽古中は動くことが許されず、少しでも動こうとすれば、
「動くな!」
と鋭い声が飛んできます。
最初はその意味がわからず、どうしたらいいのか、もがく日々でした。
ひたすらに動かずに芝居をしていくと、ある日よぎる感覚がありました。
自分の感覚で演じるのではなく、動いてごまかすのでもなく、その役を理解して自分の中で感情を回す感覚。
動かずに見せる演技。
動かない芝居の意図がわかり出し、このとき芝居の引き出しを増やしていただいたように思います。
これがこの後続くことになる悪役の原点でした。