二月の最後の週だった。「痛み止めのオピオイドを使い始めたから早く来たほうがいい。今ならまだ話ができる」とさっちゃんが知らせてきた。あたしは飛行機のチケットを買って家を飛び出した。
「来る必要なかったんだよ、さっちゃんは大げさなんだよ、あたしはまた復活するんだから、心配しなくていいんだよ」とねこちゃんは言った。「いや今日の夜、急に仕事が入っちゃってさ」とあたしはごまかした。
咳に喘いで息もできない、四肢はやせ衰えて横たわったまま動けない。死は遠くないと思いながら、今じゃないとも思う。上から見下ろしていると、親友が死につつあるというより自分が死につつあるようだった。
今でこそあたしはアメリカ仕込みのハグを人にしまくるが、若い頃は人にさわったり手をつないだりするのが好きじゃなかった。理由はたぶん母だ。小さいとき母の手をつなごうとして振り払われたことが何度もあったから。でもねこちゃんが病気になってから、あたしはねこちゃんをさわるようになった。頬を撫でる。額の生え際を撫でる。ねこちゃんはいやがらないで気持ちよさそうにしてるから、手を離さずにいつまでも撫でる。
だから二月のそのときも額を撫でた。そして「ねこちゃんにさわるの、楽しいね」と言ったら、「ひろみちゃんが楽しいんならよかったよ」と返してくれた。