楽しい楽しいと言いつのっても病室は閉塞的だ。長くいると、早く自分の空間に戻りたくてたまらなくなる。疲れ果てているに違いないさっちゃんをごはんに誘わなくちゃと考えながら、一人になりたい気持ちが勝って、あたしは先に病院を出て、泊まっているねこちゃんちに帰ったのだ。

近所に鰻屋がある。ガラス張りの、敷居のちっとも高くない店構え、一度テイクアウトしてねこちゃんと食べたことがある。その前を通ったらウエイターと目が合って、誘い込まれるように中に入った。いやいやあたしは食べ物屋に一人で入れないのだ。そば屋もうどん屋もだめなのだ。鰻屋なんてもってのほかだ。思わず入っちゃって、さあどうすると固まっていたら、するりとカウンターに導かれた。席に座って息を大きく吐いた。そして注文したのは鰻重の並、う巻きとうざくと煮凝りの盛り合わせ、グラスワイン。

あたしは誰かに言いたかった。ねこちゃん死んじゃうかもしれないんだよって。誰にも言えないから、鰻に言うか。

う巻きおいしかった。うざくもおいしかった。煮凝りおいしかった。ワインもおいしかった。一人で食べる鰻重の鰻は、あまくてからくて、やわらかくて、死んじゃうかもしれないんだよという思いでひたひたしている心に沁みた。

次の日あたしはまた一日病室で過ごし、夕方に病室を出た。「じゃあね、また来るよ」と言ったら、目を閉じたまま「じゃあね」と返してくれた。地下鉄に乗り、JRに乗り換え、モノレールに乗り換えて羽田に行き、熊本行きの最終便に乗った。