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「私は後悔しない」
「私は恥じていない」
「私は彼を責めない」

彼女たちが必死に自分にいいきかせ、世間に叫んでいることばの一つ一つが私には他人の声には聞えなかった。8年の彼との歳月の中で、私自身、何度そううめいてきたかしれないなじみ深いことばであっただろう。

経済的に男や、男の家庭に負担をかけていないというのが自分の行為の云いわけの何より強い自負なのだ。むしろこうした立場の女たちは、かえって、自分の愛の純粋さを強調し正当化したいため、経済的に男の分まで積極的に分けもとうとさえする。

「彼がもし、妻や子を捨てて私の許に来るようなら……そんな冷酷な彼は私は愛さないだろう……」

こんな意味のことばをそれらの手記の中に見出した時、私は苦笑しながら涙をこぼしていた。恋する女でなければ決して口に出来ない、その一見謙虚で優しさにみちたいじらしいことばもまた、8年間の私の恋の支えでもあった。

私は小説の中で自分の恋を責めさいなんでいる時、このことばにつき当り、そのことばにかくされている傲慢さと、自分勝手な言い分に愕然と気づいた直後であったからだった。

こういうことばを口に出来るのは、男の愛が自分にあると確信と自信にみちている時である。

「彼は……私がそう望みさえすれば、必ず、妻子を捨て、私の許にやってくる。けれどもあえて、私はそんなことを彼にさせない。なぜなら、彼のそんなむごいことの出来ない人間的な、優しさを私は十分理解しているから……」

一見筋の通ってみえるそんな理屈に自己満足しながら、私は8年間唯の一度も彼に妻と私のどちらを選ぶかという一番大切な問題を聞いてみたこともなかった。そんなひとりよがりの思い上りが、膝づめ談判の解決を迫るより、どれほどひどく、彼の妻を侮辱している傲慢さにみちたものかに、私は8年間一度も気づかなかったのだ。

そして「優しさ」という手触りのいい美しいことばで二人の女のどちらをも選べない、男の愛のあいまいさに掩(おお)いをかけ、一度もその正体をつきとめてみようとはしなかったのだ。

むしろ、

「夫を守るということ、これは一つの仕事である。恋人を守るということ、これも一種の聖職である」

こんなことばを自分に都合のいいように解釈して私は世間に自分の恋を誇示して来さえした。

2につづく


瀬戸内寂聴、58年前の手記  愛人「J」との訣別
【1】でたらめなスキャンダル記事の中の私
【2】良妻賢母の座から一挙に不貞な悪女の座に堕ちて
【3】目をそらして来た彼の妻の影像に向き合う


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Ⅰ――教えて!寂聴さん 悔いなく生きるコツ
・この世に一人の自分を、自分が認めてあげる ×瀬尾まなほ
・95歳で得た気づき――。もう十分生きたと思ったけれど
・96歳、出会いを革命の糧にして
人は生きている限り変わり続けるのです
Ⅱ――人生を照らす8つの話
Ⅲ――人生を変える3つの対話
・「あの世」と「この世」はつながっています ×横尾忠則
・小保方さん、あなたは必ず甦ります ×小保方晴子
・家庭のある男を愛した女と、夫の嘘を信じた妻の胸の内は ×井上荒野
Ⅳ――心を揺さぶる愛と決意の手記

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