韓非子の一節を持ちだしたてい
もし店が蔦重の手に渡れば、通油町は吉原者にしてやられた町と呼ばれるようになり、町の格が下がることになると続けた鶴屋。
ため息をつく一堂を前に、丸屋の娘・ていが口を開きます。
自分の家の不始末のために、騒動を起こしていることをあらためてわびるとともに、「千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰ゆ、と申します。立派な堤も、アリの巣穴たった一つ許すことでその内側より崩れゆく…。韓非子の一節がございます」と話し始めたてい。
すると、地本問屋たちは渋い顔をしながらお互いの顔を見合わせます。
さらにていが「蔦屋重三郎の店というのはまさにこのアリの巣穴にあたるものでございましょう。この一歩を許す、許さぬは街の命運を大きく左右すると…」と話したところで「ああ…」と口をはさんだ鶴屋。
ていの話を遮ると、一番の策は買い主を見つけてしまうことだと続け、ていはそのまま口をつぐんでしまうのでした。