スルメの話
戦後、自分があの戦争に加担していなかったかどうか、考えるチャンスが何度かあった。でも、私は小学生だったのだから……と、あまり深くは考えずにいた。だけど、ある日、突然、スルメをもらいたい一心で、戦地へ向かう兵隊さんに「万歳! 万歳!」と声を張りあげて、日の丸の旗をふって、見送っていたことを思い出した。
小さいころから「食い食い教のお姫さま」と呼ばれてきた私のことだから、銀紙のような、きれいなものもうれしかったけど、あのころ、いちばん欲しかったものと言えば、おいしい食べ物だった。スルメなんて、もう、めったに食べられるものではなかった。
それが、自由が丘の駅に行って、出征していく兵隊さんに日の丸をふって、「万歳!」と送り出すと、町内会の世話人みたいなひとから、スルメの足を焼いたのを一本(もっと正確には、足一本を、さらに細く、さいたもの)もらえたのだ。お菓子など甘いものがまったくなくなっていた時代だから、噛めば噛むほど味が出るスルメくらい、おいしいものは他になかった。
私は、スルメが欲しくて、教室の窓から、駅のほうへ、おおぜいの人が向かっているのを見ると、急いでトモエ学園を抜け出して、ついていくようになった。おおぜいの人、というのは、兵隊さんを見送る家族や友人たちの行列なのだ。私は、毎日のように駅へ行っては、見知らぬ兵隊さんに日の丸をふっていた。つまり、毎日、駅からは、自由が丘近辺に住む普通のひとたちが兵隊さんになって、出征していたのだ。