戦争を経験したからこそ
<戸田さんが、『あんぱん』で特に印象に残っているのは、戦争中のひもじさが描かれたシーンだ。康太は空腹に耐えられず老婆の家に押し入り、食べ物を出せと銃を突きつけた。嵩と神野が止めると、老婆は家の奥から籠に盛った生卵を持ってくる。康太たちがそのまま食べようとすると、老婆はその場で卵を茹で、嵩たちに分け与えてくれたのだ>
嵩たちが卵の殻ごと食べるシーンが衝撃的でした。やなせ先生にとっていちばんの正義は、ひもじい人に手を差し伸べること。戦争を体験されたやなせ先生だからこそアンパンマンが描けたと思っているので、あのシーンはすごく心に残りました。
実は、やなせ先生から戦争のお話を詳しく聞いた記憶はありません。でも、戦争を経験された方だと感じることはありました。東日本大震災の時のことです。震災が起きる前、やなせ先生は引退を考えていて、生前葬を企画していました。その後、東日本大震災が起こると、先生は「死んではいられない」と生前葬をとりやめました。
私が先生のところへ被災地のために何をやれるか相談に行ったら、「慌てなさんな。(支援が)長期になるから。これからいろんなことをやっていかなくちゃいけない」とおっしゃった。「僕は力がないからみなさんみたいに被災地に行ってがれきを片付けられない。その代わりに僕にできることを今からやります」と言っていました。
まだ寒い時期だったのに、節電のために冷えた部屋で、被災地に送るポスターや絵を描いていたんです。私はあたふたするばかりでしたが、先生は「この一大有事をどう乗り越えていくか」を考えていた。経験されてきたことが私たちとは全く違うと感じたことを覚えています。