命の重さを感じて 

<1946年、昭和南海地震が発生する。高知の家族や嵩の安否がわからず、心配するのぶに対して、八木は「失って初めて気づくこともある」と告げた。なかなか背景が明らかにならなかった八木だが、第102回では出征中に福岡の空襲で妻子を失ったことが明かされた> 

八木は戦争中に家族を亡くしています。命を失ったからこそ、気づいたことが八木自身相当あるのだと思います。だからこそ、目の前にある命の重さを特に感じている。自分が少しでも犠牲になって助けてあげられるなら、いくらでも犠牲になるという思いがあるんじゃないですかね。

(『あんぱん』/(c)NHK)

当時は今と違って、生きる中でやるべきことがはっきりしている。日々生きていくためには食べるものが必要で、食べ物を買うためには働かないといけなかった。闇酒を売ることを働くという言い方をするのは少し違うかもしれませんが、目の前に生まれたものに対して何ができるのか、ということをすごく考えたんじゃないかな。

今はいろいろなことができる。今日は一杯飲みに行こう、明日は遊園地に行こう、と選択肢がある。休みがあって、働く日があって、社会のルールもある。でも当時は、選択肢はないけれど、目の前にやるべきことがはっきり見えていたと思います。やりたいか、やりたくないかだけの話で。

八木は目の前にやるべきことがあったら動きたいと思う人間だった。善意かどうかも考えずに自然に動いていたと思います。今を生きている僕たちからすると、八木はめちゃくちゃいい人に見えるかもしれませんが、八木にとっては普通のことかもしれません。