最近は、階段の最上部にてまず一呼吸する。それから必ず手すりにつかまり、手すりが見当たらないときは同伴者の腕に手を回し、同伴者が不在となれば、それこそ両手を横に開いてバランスを保ちつつ、一段ずつをしっかり見極めて歩を進めることにしている。おばあさんみたいと言われてもなんのその。おばあさんですから、なにか?
上り階段もつらいけれど、怖いのは下りのほうである。スカーレット・オハラはあんな長い階段を転がり落ちて、さぞや痛かったことだろう。『蒲田行進曲』で平田満さんはよくぞ何度も階段落ちを演じたものである。あの役をやれと言われたら、どんなにギャラが高くても丁重に辞退申し上げます。まあ、そんな依頼があるわけはないが。そんなことを思い描きながら、もしここで自分が階段から転げ落ちたら、命ながらえたとしても、それこそ寝たきり老人まっしぐらであろう。
でも先日、さるところで、「バリアフリーにしすぎるのも老化を進める要因の一つになりかねない」という意見を耳にした。
「小さなストレスを与えることは、脳の活性化には必要なことなのです」
そういえばだいぶ前に、ある建築家が高齢者用のユニークなマンションを作ったという噂を聞いたことがある。そこはアンチ・バリアフリーの思想に溢れていて、たとえば小さな階段があちこちにあったり、わざと床面を斜めにしてあったりと、いちいち運動神経を働かせなければ生活できない、面倒くさいつくりになっているらしい。実際にそこで生活する高齢者のその後についての情報までは入手していないので効果のほどはわからないけれど、もし日常生活から不便も危険も面倒も、すべて排除してしまったら、たしかに頭や身体の反射神経を働かせる必要がなくなるであろう。
お風呂に入るときも思う。最近、バスタブをまたぐとき、片足がひっかかることがある。以前、老齢になった母をお風呂に入れるたびに心配したものだ。
「もっと足を高く上げて! ここでスッ転んだらスッポンポンで救急隊員に抱っこされることになるよ。恥ずかしいでしょ!」
母に向けていた言葉が自らに返ってきた。でもきっと、この難関に挑もうとする意欲と覚悟が大切なのでしょうな。
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