まるで「人間動物園」。政治の世界で出会った傑物たち
今でこそ政治アナリストを名乗っていますが、最初から政治に興味があったわけではないんです。大学を出て小さな出版社に勤めていたとき、飲み屋で知り合った人から、「自民党で働いてみないか」と誘われて。政治の世界を覗いてみたいという好奇心から転職しました。腰掛け感覚で、「5年働いたら活字の世界に戻ろう」と考えていたものの、ダイナミックな人たちがひしめいているのが面白くて、結局30年。自民党の本部職員を振り出しに、太陽党から民政党、最後は民主党の事務局長として、裏方として党を支える仕事をしてきました。
私はよく政治の世界を「人間動物園」にたとえます。人を化かすタヌキやキツネはもちろん、猛獣もいれば、得体のしれないヌエもいる(笑)。さまざまな“動物”を眺める中で、いつしか私は独自の見方を身につけました。
初めて「風圧」という言葉が頭に浮かんだのは、新米スタッフ時代。国会議事堂の廊下を歩いていたとき、周辺の空気が変わった気がして前方を見ると、記者に囲まれた田中角栄さんが歩いてくる。私は咄嗟に飛びのき、壁に張りつくようにして一団が通り過ぎるのを待ちました。自然に体が動いたのは、田中角栄の持つ風圧の影響だと後に思い至ります。
風圧とは、「迫力」や「威圧感」ともまた違う皮膚感覚です。強い圧を持つ者に共通するのは、政治家としての覚悟や矜持が桁違いであるところ。しかし風圧の強弱は、政治的な評価や肩書とは必ずしも一致しないのが面白いのです。本書では、そうした視点から多くの政治家を分析しました。
私が尊敬する政治家の1人が、後藤田正晴さんです。「田中角栄の懐刀」と呼ばれて内閣官房長官などを歴任し、長きにわたり自民党を支えました。後藤田さんはよく「日本は二度と戦争をしてはいけない。国民を不幸な目に遭わせてはいけない」と言っていた。国を憂う政治家とは、彼のような人のことでしょう。没後15年経つ今も、何かあると「後藤田さんならば何と言うだろう」と呟く人は政界に大勢います。
政治家としての評価は別として、現役閣僚で強い風圧を感じるのは菅義偉(すがよしひで)さん。今時珍しい、たたき上げの苦労人です。旧民主党では、やや弱めではありますが、岡田克也さんや野田佳彦さんも。野田さんが「税と社会保障の一体改革に政治家としての理念をかける。それで政権が潰れても仕方ありません」と言い切ったことは、強く印象に残っています。
今は風圧を感じさせるどころか、サラリーマン的な人が増えました。その大きな原因は、1990年代に行われた一連の政治改革でしょう。二大政党制を作る目的で導入された、小選挙区比例代表並立制や政治資金制度改革が、思わぬ副作用で野党を弱体化させ、「安倍一強」という事態を招いてしまった。また、小選挙区で勝ちやすいため世襲政治家も激増。私もこの改革に末端で関わった身として、忸怩たる思いがあります。こんなはずでは、と悔やんでいる関係者は多いでしょう。
桜を見る会、新型コロナウイルスなどの問題を引き金に、政治不信が広がっています。政治家は有権者を映し出す鏡。報道に流されずに自分の目で彼らの発言や政策を判断し、選挙にも足を運んで、ぜひ意思表示をしてください。有権者の存在感が強くなれば、風圧がある政治家がふたたび増えていくかもしれません。