肝心の猿はどこへ
その晩、康介さんの家に同級生の慎也君から電話があった。
こんな時間にめずらしいな、と思いつつ電話に出たところ、
「帰り道に見たあれ、猿まわしだったよな?」
開口一番、慎也君はそんなことを訊いてくる。
いやなことを思い出させるなよ、と康介さんはゲンナリした。
「だと思うよ。肝心の猿は、どこにもいなかったけど」
電話の向こうで、慎也君が息を呑む気配がした。
「……おまえにも見えなかったんだ……」
絞り出すような声である。
「いや、だから見えたって。猿のお面をつけた変なやつが、ジャングルジムの上で太鼓を叩いて……ってこの話、もうやめようぜ。おれ、気持ち悪いよ」
「おれは、猿を見たよ」
「えっ?」
「というか、最初は猿だと思ったんだ。首輪につながれてたし、太鼓の音に合わせて、宙返りしてたから。くるくるくるくるって、何度も何度も。でもさ、よく見たらちがうんだ。あれは、猿じゃなかった。あんな猿、いるはずないんだ」
「もうやめろって」
「猿なら毛が生えてるだろ。当たり前だよな。でもあれは、全身つるんとして、生の鶏肉みたいなピンク色でさ、尻尾だってなかったんだ。おまけに、あれの顔……」
康介さんは叩きつけるようにして電話を切った。無意識の動作だった。
それ以上は聞くな、と本能が警鐘を鳴らしていたのである。
ロクに喋ってもいないのに、喉がカラカラに渇いていた。