石破 福田(康夫)総理の頃、私は防衛大臣としてお仕えしましたが、最高権力者たる総理の孤独をしみじみと目の当たりにすることがありました。総理の嫌がりそうなことは、周囲も言いたくない。耳障りなことを言うと遠ざけられてしまうこともあるから、結局ご機嫌取りのようになってしまうことも多いでしょう。マスク2枚配布も、必ずしも総理自身のご意向ではなかったのかもしれません。

石破茂さんのインタビューが掲載された『婦人公論』5月26日号(表紙は元ブルゾンちえみこと藤原志織さん)

中村 お肉券とかお魚券というのもありました。

石破 たぶん、畜産農家や漁師が喜ぶ、と議員は考えたはずです。その善意は疑いません。しかしそれが国民全体にどう受けとめられるかも考えなければならない。個の利益と全体の利益の峻別をしないと両者を錯覚してしまう。要は国民とのズレですね。

ここでのお金は当然自分のお金ではなく、国民が払った税金もしくは次世代の人々からの借金です。これをどう使うのが国民のためなのか、その発想が一番大事で、権力側は「何々してあげる」みたいな発想を間違ってもしてはいけない。

 

世間の人の声にきちんと耳を傾けること

中村 医療崩壊の危機は、諸外国のケースから予見できたはずなのに、政府は手立てがないまま医療現場まかせ。石破さんが国のリーダーならばどうしますか。

石破 例えば、1918~19年のスペイン風邪のときは日本でも45万人が亡くなりました。その割合を今の日本の人口に換算すると120万人にも上ります。また、妻夫木聡さん主演の映画『感染列島』も、よくできた内容で、医療崩壊とはどういうことかが描かれています。過去の例に学び、今後も予測できない感染症は起こりうることを踏まえれば、何もないときから準備をしておかないといけないでしょう。

中村 具体的には?

石破 私は以前から防災のためのプロ集団としての「防災省」を作るべきだと言っているんですが、これに、公衆衛生に重きを置いた感染症対策、防疫の機能を付加すべきでしょう。

先日スウェーデン大使とお話ししたんですが、人口1000万人のスウェーデンには感染症対策の常設機関に専門家が300人いるそうで、日本の人口割合に換算したら4000人の規模です。アメリカにもCDC(疾病予防管理センター)がありますが、これら専門機関は独立していて、いざ感染症が発生したら、政府が専門家の意見に従い、専門家が会見を開く。日本では政府が専門家を下に置いて、政府が情報を管理し会見を行う、というやり方をしています。

中村 諸外国とまるっきり逆ですね。

石破 そうですね。総理は大きな方向性を説明し、細かい方策については専門家が解説するほうが、納得感が得られる部分も大きいと思います。このような危機管理の局面では、政治があまり細かいところまで介入しようとすると混乱が生じやすくなります。また専門家集団についても、ただ感染症の専門家というのではなく、それを行政や社会にどのように反映すれば感染拡大を防げるか、という観点が重要です。

今は諸外国の情報もかなり自由に即時に入手できるし、日本にも過去には新型インフルエンザや鳥インフルエンザがあったわけですから、そうした過去の経験も踏まえて平時に対策を練っておいて、いざとなればその知見を存分に生かすのです。

中村 コロナでの休業補償はどうお考えですか。

石破 これも、世間の人の声にきちんと耳を傾けることが大切だと思います。そのすべてに答えが出るわけではないし、すべての人に満足が与えられるとも思いませんが、自分の思いを政府はわかってくれているのか、という問いかけにこたえることはできる。

たとえば私の鳥取の同級生でナイトクラブを経営している女性がいるんですが、電話で、「石破君、わかってる? 行政の書類はもう3ページ読んだだけで心が折れる」って言う。「読んだらすぐパッとわかるようにして! 役所に行ったら、あの書類出せ、この書類出せ、もう1回来いとか、誰のための政治なのよ!」って怒り心頭。けれどそういう声にこたえることこそが実は政治の基本だと思うんですね。