作家の新井素子さん(撮影:冨永智子)
新刊『絶対猫から動かない』で「50代のメンバーで、未知のいきものと対決したらどうなる?」と想像を膨らませたという作家の新井素子さん。その登場人物には、自身の体験も影響しているそうでーー(構成=上田恵子 撮影=冨永智子)

地下鉄に未知のいきもの!

20歳のころ、私は主人公たちに自分と同い年を設定した作品『いつか猫になる日まで』(略称『いつ猫』)を書きました。宇宙戦争に巻き込まれた20歳の男女が右往左往して地球を救おうとする、という内容ですが、今回の長編『絶対猫から動かない』は、「それと同じようなことを、50代のメンバーでやるとどうなるか」という編集者の提案がきっかけで生まれました。

20歳だったら、「自分がなんとかしなきゃ!」と張り切って、思いついたらパッと行動に移せる。……でも、50代だったら? すぐには動けないんじゃないでしょうか。人間50歳にもなれば、「自分が何かしたくらいじゃ世界は変わらない」とわかっているし、まっすぐな正義感もなくなって、「地球」や「社会」のためには立ち上がれない。じゃあ何のためなら動くのかな? と考えていくと、結構面白くなりそう、と思いました。

『絶対猫から動かない』の舞台は、東京都内を走る地下鉄の車中です。主人公の大原夢路は、両親の介護のために仕事を辞め、加えて認知症の義父母のケアで貯金を切り崩している56歳。夫との間に子どもはおらず、先行きに不安を感じています。そして夢路の幼なじみの冬美は、義母や家族に振り回され、すべてに諦観している専業主婦。ほかにも54歳の氷川稔、61歳の村雨大河、中学の先生と女子生徒たちがいます。昼下がりにたまたまこの車両に乗り合わせた彼女たちの前に現れるのが、未知の「いきもの」。ある事情で行動が制限されている夢路たちと、その「いきもの」との対決が始まるわけです。

書いている最中は、ひたすら楽しかったですね。物語の4分の3くらいに差し掛かるまで、果たしてどう終わるのか、当の私もまったく知らなかったので(笑)。以前はストーリーを決めてから書いていたのですが、ここ10年は、決めずに書き始めています。すると、あるとき「あ、こう終わるんだ!」とわかる瞬間がくる。これが、実に楽しい。

逆に、キャラクターは最初に作らないとだめです。今回もまず夢路を作り、冬美や氷川さんたちと“お知り合い”になって、ある程度性格が見えてきた段階で書き始めました。じっくり4年かけて付き合ったので、「こういうときにはこう動く」「こんなことを言う」と、彼女たちの思考・行動パターンは完全に把握しています。(笑)

『絶対猫から動かない』著:新井素子


主人公の夢路は、両親の介護が始まるまで、やりがいのある仕事をしながら「自分のため」に生きてきた女性です。それが退職によって断ち切られ、今は終わりの見えない介護の最中。夢路と私は、立場や環境は違いますが、介護をした経験は同じです。5年前に私が義父母をみていたときに得た知識が、夢路の視点に反映されています。

50代って、年寄りと呼ぶには早いけれど、「人生の折り返し地点を過ぎたな」と感じる年代です。過ぎ去った人生や、失ってしまったものに考えをめぐらせることもある。でも、私は根が楽観的なので、「失った」と落ち込まず、「また別のものを、別の形で手に入れることができるんだろうな」と考えます。だって、そう考えるほうが精神的にもいいと思いませんか? この本の中では書きませんでしたが、夢路と冬美、そしてほかの登場人物たちも、この後きっと新しい“何か”を見つけ、道を切り拓いていっただろうなと私は信じています。