人生はオーディションの連続。
奮闘の末、主人公が気づいたものは

オーディションって、ドラマティックですよね。以前ブロードウェイのオーディションに挑む人々のドキュメンタリーを観たのですが、役をつかもうと切磋琢磨する姿、ひと握りの俳優しか勝ち残れない現実に胸を打たれました。スポーツの世界でも、金メダルを獲れるのはたったひとり。多くの選手は途中で敗れ、それでも「次こそは」と日々練習に励みます。その努力がまぶしくて、母親のような気持ちで応援してしまうのです。

「限られた人しか選ばれない」という意味では、私たちの日常にもオーディションはたくさんある。就職活動や結婚もそう。職場で企画を提案する時、恋人に手料理を振る舞うような場面でも、相手に審査され、“合否判定”が下されます。人生はオーディションの連続であり、私たちは常に選び選ばれている。そんな思いから、この小説は生まれました。

主人公の渡辺展子は、自分はいつも選ばれない側だと思っています。中学に入学し隣の席になった同じ「渡辺さん」は学校一の美人。初恋の先輩も自分ではないほうの「渡辺さん」を好きになります。高校の美術部では努力をしてコンクールに出品するも、入賞するのは独特な感性を持つクラスメート。就職活動でもなかなか内定が取れない。「展子が一番」と言ってくれる彼と結婚したと思ったら夫の会社が倒産、そのタイミングで妊娠。夫は展子の実家のパン屋を手伝おうと言いますが、始めてみれば不器用な夫にはパンが作れない。

不本意な状況に不満を言いつつも、展子は必死に努力します。結局、実家のパン屋は彼女が経営し、多店舗展開に乗り出していく。とはいえこの物語は、展子が、事業の成功よりもっと大切なものに気がつく話にしたいと思いました。一所懸命になるほど展子は視野が狭くなり失敗もしますが、夫や周囲の人に支えられ、徐々に視界が開けていく。頑張っていれば、まっすぐ結果につながらなくても、悪くない人生を送れる。彼女の前向きな姿から、そんなメッセージが伝われば嬉しいです。

執筆前にはプロットを作り込みますが、登場人物が思い通りに動くことはほとんどありません。今回も展子が勝手に動き出したので、私は彼女の後を追うような感覚で文章を綴りました。約30年にわたる物語ですが、中学生の展子を書いている時は未来の彼女がどうなっているかわかりません。歳月が経てば人は成長し、ものの見方や考え方はもちろん、使う言葉や服装も変わる。そこで、大きな模造紙に展子の気持ちを書いた付箋を貼り、「この流れはおかしいな」と思ったらシーンを入れ替えたり、新たな場面を加えたり。最後まで書き終えてから、執筆と同じぐらいの期間をかけて推敲しました。

展子のように、自分の幸せを見つける方法ですか?

その答え、私も知りたいです(笑)。ただ、ひとつ言えるのは、人は迷うし間違えるということ。「私の選択は間違っているかもしれない」と念頭に置きつつも、「どうせ間違えるんだからいいや」と投げやりにならず、とりあえず今日1日頑張ってみる。そうすると、少し気が楽になるかもしれませんね。

実は私、今年に入ってから囲碁教室に通い始めたんです。それが笑っちゃうほど下手くそで。でもこの年になって、「自分は何もできない」という感覚を味わうのはとても新鮮。今までの経験をまったく活かせない世界に飛び込むと、肩の力がスッと抜けるように感じます。視野を広げるには、新しいことにチャレンジしてみるのもおすすめですよ。