人間に求められるのはインスピレーション
竹内黒川さんが人工知能の開発に携わっておられた創成期ともいえる時代から、令和の今、AIは日常の一部になりました。便利さを実感する半面、付き合い方に戸惑う人もいるようです。これからの人間とAIとの関係について、どのようにお考えですか?
黒川特にビジネスの現場で、人間の役割は大きく変わりつつあります。私が就職した昭和の時代は、「言われたことを正確にやる」のが美徳とされていました。でも、ルールが明確な仕事はAIに代替されていく。では、これから人間に求められるのは何かといえば、「AIに何をさせるか」というインスピレーションの部分、つまり発想力です。
竹内そうですね。実際、AIにどういう指示や質問をするかで結果がまったく違ってきます。
黒川AIは文法を理解しているわけではなく、連想ゲームのように文章を生成しているだけなので、ぞんざいな言葉の近くには、ぞんざいなデータしか繋がっていません。だからこそ、人間がAIに何を投げかけるのかが重要になってくるのです。
竹内人間側のリテラシーがより強く求められますね。
黒川もう1つの人間の役割は、「最後の判断」です。たとえば、過去の判例などをすべて学習したAI裁判官は、この世でもっとも「公平な」裁きを下してくれるはずですよね。でも、それがその時代に生きる人々に納得して受け入れられるかは、別問題でしょう。最終的な答えを出すのは、やっぱり人間なのです。そうしたインスピレーションや人を納得させる判断力は、人間の小脳が司っています。その点で私が心配しているのは、今の子どもたちに課されている早期教育なんですよ。
竹内それはなぜですか?
黒川数字を面白いと感じるのは、小脳が発達してくる6、7歳くらい。ですから、小学校に入って四則演算を習い始めるというのは、理にかなっているのです。ところが、それ以前に数字を単なる記号で覚えさせようとするでしょう。人は、答えを見繕うマシーンではないのに。マシーンの性能だけでいったらAIには敵いません。
竹内確かに数字でも文字でも、理屈がわからないうちに覚えさせると、それに出会ったときの感動、驚きみたいなものを味わえずに終わってしまいますよね。
黒川AI時代に求められる教育とはどんなものなのかも、もう一度考えてみる必要があると感じています。
