この、なんともいたたまれない気持、以前にも味わったことがある。四十年近く昔、私がテレビのレギュラー番組のアシスタントとして働き始めてまもない頃であった。どういう経緯かは知らないが、父(阿川弘之)が番組のゲストに招かれた。その日のテーマはたしか「海外旅行のマナー問題」というようなものだったと記憶する。父以外にもう一人、旅に詳しいE氏がゲストとしておいでになった。父とE氏がスタジオへ入り、テーブル前の椅子に並んで座る。私は少し離れた自分の定席に腰を下ろし、ゲストの様子を窺う。不具合はないか。椅子の高さはちょうどいいか。ネクタイは曲がっていないか。ふと見ると、E氏の襟につけたマイクが曲がっているのに気がついた。私は席を立ち、E氏のそばへうしろから近寄る。

「失礼します。ちょっとマイクを直しますね」

そう言ってE氏の襟元に手を伸ばしたとき、隣の父がボソッと、いや、まわりの人に聞こえるようにはっきり呟いた。

「慣れた手つきでマイクなんか持ちやがって」

そして生番組が始まると、メインキャスターの問いかけに父が鼻にかかった気取った声で若者批判を始めた。私は先刻の仕返しではないけれど、少しだけ口を挟みたくなった。

「本当に文句が多いんですから」

ジョークのつもりで発言したが、たちまち、父が不愉快そうな顔で私を睨みつけ、

「今日は、お前は黙ってろ!」

一喝したのである、生本番中に。そのとき他の出演者がどういう反応をしたかは覚えていない。しかし視聴者はギョッとしたのではあるまいか。なにしろその日、ゲストの父と番組アシスタントの私が親子だとは紹介せずに番組を始めていたのである。ゲストが突然、一介のアナウンサーを叱りつけたと思った人もいただろう。