約1年で「卒婚」をギブアップ
ところが、「結論から言うと油絵は一枚も描けなかった」と清水さんは打ち明ける。
移住した当初は故郷の友人と釣りに行き、囲炉裏で魚を焼き、大自然を満喫した。料理は嫌いじゃなかった。しかし、友人が帰り、一人で後片付けをしていると妙にさみしさがこみ上げた。
清水さんは洗濯ものを持って、妻のいる東京の家へ夜、車を飛ばして頻繁に帰るようになった。「たまには長野へ来たら」と妻を誘うと、「卒婚にならないじゃないの」と迷惑がられながらも、何度か案内した。
だが、妻は長野に来ても「寒いし、疲れる」と、さっさと帰ってしまう。
「朝、コーヒーを一緒に飲む相手がいない。テレビを見てしゃべる相手がいないことがこんなにつらいと思わなかった」
広い家に一人でポツンといても油絵を描く気力が全く起きなかった。約1年で「卒婚」をギブアップし、東京に舞い戻った。
戻ってから中野区で隣接する3軒の一軒家を購入した。清水さん夫妻と義母、二人の息子たち夫妻や孫がそれぞれ、暮らしている。