イラスト:花くまゆうさく
詐欺のニュースを見聞きして、「こんな怪しい手口になんでひっかかるんだろう?」と思っていても、わが身に降りかかると気づけないもの。相手を疑いもせず、金銭をダマし取られた人たちの体験を聞いた(取材・文=田中有 イラスト=花くまゆうさく)

「ああ、両親が事件に巻き込まれてしまった」

「お兄ちゃん、会社の手形を失くしてお父さんにお金を借りたの?」

妹から身に覚えのない電話を受けた時、タカシさん(58歳・仮名=以下同)は、「ああ、両親が事件に巻き込まれてしまった」と直感したという。

発端は、埼玉県のターミナル駅近くにある、タカシさんの実家にかかってきた一本の電話だった。昼前、慌てふためいた男が「オレだ、大変なことになった」と言う。86歳の母親が「え、タカシ?」と応じると、相手は「そうそう」と返し、会社の手形とスマホを入れた鞄が置き引きに遭った、と息荒く説明した。「見つからなくて困ってる。また連絡する」と、通話は切れた。

90歳の父親と2人で「何があったんだろうね」と困惑していると、再び連絡が入る。「鞄が群馬のほうで見つかったらしい。上司が親父に心配かけたからって挨拶したがってる。悪いけど、新宿まで来てくれないか」。

安堵しつつも、父親は「何だかおかしな話だな。ともかく行ってくる」と、母親を置いて出かけた。その直後、また電話が鳴る。「実は手形を今日中に決済しなくちゃいけなくて、現金があるだけ必要だ。一日だけ貸してくれ。部下を家に向かわせる」と、矢継ぎ早に“タカシ”が告げた。

慌てふためく母親のもとに、10分ほどでスーツ姿の若い男が現れた。「今お宅にある現金をお預かりしたい」と丁寧な物腰で言われ、母は金庫に入れていた500万円を手渡した。この時、「息子が会社に迷惑をかけてしまうかもしれない」と、不安で頭がいっぱいだったという。

男は金を数えると、「これでは足りませんね。別の人間がまた来ます」と言い置き、今度は30分後に年配の男がやって来た。その人相の悪さと威圧感に怯えた母親は、自分がこっそり貯めていた200万円を差し出した。が、男に「まだ足りない。このままだと息子さんの立場がまずいことになる。できるだけ金を集めてきてもらえませんかね?」と詰め寄られたため、母親は、「すぐに銀行でおろします」と即答してしまった。

母親は近くに住むタカシさんの妹を呼び出し、銀行へ向かう。1軒あたりの限度額50万円を引き出し、3軒回ったところでホッとした母親が「これでタカシが助かる」と口にした。「どういうこと?」と驚いた妹が、冒頭の通りタカシさんに電話を入れて、ようやく詐欺だとわかった。