長いこと「見る専」をやっていた弊害
久保 でも私はもう長いことXで、自分の投稿もリプライもしてないわけですよ。ずっと「見る専」で来ちゃったから、久しぶりに感想を書いてみたら、出てくる言葉がネットミーム(*)ばっかりで。
*ネット(特にSNS)を通じて広がってゆく文化・行動。ここでは「ネットで流行りがち、使われがちなお決まりのフレーズ」くらいの意味。
──見る専が長いと、久保さんでもそうなるんですね。
久保 やたらとジブリのたとえを使いたくなったり、「すごすぎる」みたいな語彙力がないことばかり言ったりして。(同じアイドルのファンである)ほかの韓国人や外国人の方の表現って、語彙力がたくさんあるんですよ。日本のファンでも、すごく機知に富んだ優しいツイートをする人はたくさんいる。だから書いてるうちに、「ああ、私は自分の言葉が全然好きじゃないんだな」と気づいて。ツイッター初期の頃は「こういう文章って他人にも面白いって思ってもらえるかな?」と試行錯誤する経験値が積めてたわけですよ。今はその経験がごそっと抜けちゃってるから、「自分の文章が気持ち悪い病」になってる。感想書くのにすごく怯えちゃう。
──とはいえ、ごく限られた人しか読まないから……。
久保 そう。でもよくよく考えると、「その友達から気持ち悪いと思われるかも」という恐怖心はあんまりないんですよ。向こうは私の立場を知ってる人だし、オタクというよりは真面目な人だから、私も無理にオタク用語でキャーキャー言い合いを……やらないわけじゃないけど、あんまりそこにこだわらなくてもいいのかなって。今の若い子のオタクしゃべりやネットミームを無理に真似しなくていい、という安心感はある。そうやって、少しずつよちよち歩きをしてるところです。でもネットで文章を書き続けてる人たちは偉いなって思うよ。君も。君も。
能町 そうですかね。
久保 自分の書く文章は好きじゃないけど、今回この『かわいい中年』(この連載をまとめた新刊)を読んでみて、「二人(みねヒャダ)と会話する前提だと、自分の話してることが面白いな」って改めて思えたんですよ。だから会話で経験値を積んでいかないと、自分の文章は前に進んでいかないんじゃないか……と感じましたね。
能町 久保みねヒャダとは何の関係もない話なんですけど。編集者の友達が最近、ある人に「本を書きませんか」と提案したんですよ。でもその人は普段、文章を書いてない人なんです。で、その人はわりと乗り気で書いてくれたんだけど、ちょっと文章が固かったらしくて。それで「話し言葉を録音してくれませんか」と言ったら、文章がすごく良くなったらしいです。
──言葉のリズムが生まれやすいんですかね。
久保 私の場合、文章アウトプットは、マンガを描いてたときよりも下手になってると思う。といってもマンガの中の文章って、モノローグか説明かセリフだから、能町さんやヒャッくんの文章を見ると、ちゃんとしてるなあと思う。会話じゃない文章って、どうやって鍛えてるの?
能町 私はやっぱり、まず「書くのが好き」というのがあるんですよ。圧倒的にある。日記も、誰に頼まれたわけでもないのにめちゃくちゃ長文で書いてたし。なんとなく「日記を書き続けよう」と思って始めただけなのに、最初3、4行だったのが、そのうち1日でA4ノート1ページくらい書くようになってしまって。それが逆に負担になってやめてしまったんですけど、「書くのが好き」はあるんでしょうね。でも私は久保さんと逆で、 自分のしゃべりがほんとにダメだと思ってて。
一同 ええーーーっ?
ヒャダ (ボビー・オロゴン風に)「何言ってんだ、お前」
能町 もうほんとに嫌いなんですよ。だからね……やっぱり講演うまくいかなかった(笑)。
