将棋界は「新しい時代」を迎えつつある
羽生世代が完全なアナログ世代だとすれば、私たち三十代の棋士はアナログからデジタルへの「移行期」に属する。
一般社会でも年齢が十歳違えばジェネレーションギャップが生じるだろう。将棋の世界でもそれは変わらない。「将棋をどのように勉強してきたか」が変わっていったので、指している将棋の質がずいぶん違ってきたのである。
私が十代の頃などは加藤一二三九段の対局をはじめ、昭和の将棋の棋譜を見て、それを盤上に再現しながら頭をひねっていたものだ。しかし、AI世代の棋士の多くは、昭和の将棋を研究したことなどはないのではないかと想像される。個人差があることなので一概には言い切れないが、昭和の棋譜どころか、近年のものでもプロ同士の対局で残された棋譜を振り返ることも少ないのではないかと思う。いまは最新の戦術解析など、やることが多くなりすぎているので、復習のための時間をとれなくなっているからだ。
世代が異なれば、研究の方法が違ってくるのは当然といえる。私が10代の頃に優秀な将棋ソフトがあったなら、やはりそれを使って勉強していたはずだ。しかし現実としてAIはなかった。その時代には20年前、30年前の棋譜がいちばんの研究材料になっていたのだ。
昭和の棋譜に学び、平成の棋譜に学んだ。
加藤九段の棋譜に限らず、米長邦雄永世棋聖、中原誠十六世名人らが残した棋譜を盤上に並べた。私の世代でプロを目指した人、プロになった人であれば、誰もが普通にやってきたことだ。「アナログの極み」と言われるなら、そのとおりである。
現在の将棋界は戦国時代である。
2018年の竜王戦で永世七冠資格保持者である羽生善治九段は挑戦者の広瀬章人八段に敗れて1991年3月の棋王獲得以来、27年ぶりの無冠になった。
羽生九段ひとりに限らず、いわゆる「羽生世代」は長くタイトル戦を席巻してきたが、2019年には羽生世代の棋士はひとりもタイトル戦に出場できなかった。そうなったのは、羽生九段が初タイトルとして竜王位を獲得した1989年以来のことになる。こうした状況からいっても、将棋界は「新しい時代」を迎えつつあるといえるのかもしれない。