「戦争を憎む」伯母がなぜ花嫁に?

川嶋監督が、戦争花嫁に興味を持ったきっかけは、2021年10月。アメリカ在住で、当時90歳の伯母・桂子さんが広島のシンポジウムにオンラインで参加することを偶然、従姉から聞いたことです。転送されてきた桂子さんのメールには、こう記されていました。

〈みなさん、こんにちは! 今度のプロジェクトは、10月7日に広島で開催される被爆者シンポジウムで私の戦争体験をZoomで話すことです。もし時間があれば、見てください。みなさんはお元気ですか? みんなが健康であることを願っています。 ハーン・桂子〉

桂子さんは1930年生まれ。14歳で終戦を迎えます。18歳の時に米軍キャンプで働いていた桂子さんはアメリカ兵だったフランク・ハーンさんと出会い、20歳で結婚、海を渡りました。

オンラインでシンポジウムに参加した川嶋監督が目にしたのは、桂子さんが涙を流しながら語る姿でした。

1945年5月29日の横浜大空襲。学徒動員で百貨店で働いていた桂子さん。夜になっても帰ることができませんでした。「そのタンスは開けてはいけない、同級生の死体が入っているから」と言われ、行くところもないままそこで眠ったそうです。泣くこともできなかったと話していました。

「今でも戦争を憎んでいます」

川嶋監督は、桂子さんの言葉に心を動かされました。同時に、ある疑問が思い浮かびます。

「なぜそれほど戦争を憎んでいるのに、戦後5年で敵国の軍人と結婚したのか?」

ちょうど同じ頃、実家で川嶋監督が母から渡されたのは、桂子さんが孫に自身のルーツを伝えようと綴った約160枚の自叙伝でした。母の「面白かったらドラマにしてもらってよ」という言葉が心に残りました。そして何より「当時母は78歳。姉である桂子も高齢だし、私がこのドキュメンタリーを作らなければ、二度と会えないのではないか」という親孝行の気持ちがわいてきたそうです。アメリカ在住の桂子さんと日本に住む川嶋さんたち家族との交流の機会はほとんどありませんでした。だからこそ、2022年9月、川嶋監督は、母親を連れ、カメラを手に桂子さんの住むオハイオ州ライマ市に旅立ったのです。