武家女人記』(著:砂原浩太朗/集英社)

今と変わらぬ人間の本質

例えば「深雪花(みゆきばな)」で描いたのは、雪に魅せられ、学究的な興味をもつ穂波(ほなみ)という女性。今でいう理系女子ですが、当時の女性の身では藩校で学ぶことも叶わず、普通に通える兄を羨ましく思うとともに、もどかしさを抱えている。

大学進学率が上がった今でも、地方暮らしで「わざわざ東京の大学に行かなくても」と、親に難色を示される女性もいると思います。学問に限らず、希望する職に就けない、やりたいことを妨害されるという経験をしてきた人もいるはず。穂波の境遇は、どこか現代に通じる部分もあるのではないでしょうか。

「あねおとうと」では、とある藩の筆頭家老の母親である美佐を描きました。実家の弟が息子を失脚させようとしているのではないかと案じた美佐は、2人の仲を取り持とうと思案するなかで、場合によっては弟を手にかけることもありうると覚悟をします。

彼女が守りたいのは単なる家名ではありません。彼女にとって、家とは亡夫や息子をはじめとした大切な人たちの集まり。だから、身を賭してでも守りたいのです。

家のために犠牲になる女性ではなく、大事な人たちのために意志をもって行動する。どんな時代でも共感できる、そうした女性像を意識しました。

読者から特に反響が大きかったのは「縄綯(なわな)い」です。足軽の妻としてつましく暮らしてきたたえは、夫を突然亡くして苦境に立たされます。幼い息子と姑を養うため、縄を綯う内職を始めたものの、家計は苦しい。

追い詰められて余裕がなくなり、姑や子どもさえも疎ましく感じてしまったり、かと思えば手ひどい裏切りに遭ったり。そこに今と変わらぬ人間の本質を見たのか、「身につまされる」「現代に通じる話だ」という声をいただきました。